Whisper sweet nothing to seduce you

「でね、屋上に連れて行かれたんだけど私なかなか言い出せなくて固まってたの!」
「それでそれで?!」

仕事が休みの週末は、気心知れた女友達とショッピング。彼女はつい数日前、隣に住む男性との恋が実り多分いま世界で最も幸せを感じている人間の一人。詳細を聞いていると私まで幸せな気分に包まれるから、これは女の真の友情と言えるだろう。
カフェで早めのランチを済ませても、お喋りはまだまだ止まることを知らない。

「今度会わせてね、絶対だよ!」
「もちろん!」
「いいなー彼氏。私もそろそろ・・・待ってちょっと待って」
「・・・なに?どうしたの?」

店内に入ってきた人を何気なく見て驚いた。そういえばここはオフィスから近いし、見かけてもまったく不自然ではないことに気付く。


「あれマルコさんだ・・・!どうしよう!」
「え?!それってNameがよく言ってるナントカ弁護士?どこ?!」

こちらに気付かず離れた席に座ったマルコさん。いつものスーツ姿ではなく私服で、なんとなく見慣れないけれど間違いなく彼だ。

「あれが噂の・・・なるほどー素敵だね」
「でしょ?!声掛けるべきかな」
「逆に掛けない理由ってなによ」
「えー・・・だって、」
「めんどくさいなあ、じゃあ私が行く」
「ええっ?!ちょっ、待っ・・・!」

こうなったら諦めるしかない。この女は思い立ったら即行動、その成果として恋人ができたんだからまったく大したものだ。
浮かれた足取りでマルコさんに近付く彼女を視界に入れながら、セットドリンクのアイスティーをごくりと流し込む。突然見知らぬ女に声を掛けられても動揺ひとつ見せないところが、マルコさんらしい。
いつもの眠たげな目がこちらに向けられたので、苦笑しながら軽くお辞儀をした。マルコさんの横では彼女が得意気に笑っているので私はようやく席を立つ。

「偶然ですねー!お休みですか?」
「ああ。会社にコレ忘れちまったから取りに来たんだよい」

テーブルに置かれたスマートフォンを指で軽快に叩いたマルコさんは、先程の私のように苦笑を浮かべる。いつのまにかその場を離れていた友人が、バッグと購入した荷物を抱えて再び現れた。

「Nameごめん、彼の仕事がもう終わっちゃったみたいだから帰る!マルコさん、予定なければこの後Nameに付き合ってあげてください!」
「ちょっ、何を・・・!」
「じゃあまた連絡するね!」

まったく余計な気を遣うんだから・・・!
いや、今の彼女は気遣っているわけではなく本音かもしれない。どっちにしろ薄情な女だ。真の友情はどこにいった?今夜は嫌がらせでスタンプ連投してやろう。

「何か予定でもあったのか?」
「いえ!買い物したくてあの子誘っただけで・・・特に目的もないんで、すみません、気にしないでください」
「おれも予定がなくてねぃ。逆に付き合ってくれねェか?」
「またマルコさんはそうやって・・・!本当、大丈夫なんで気にしないでください!お昼も食べたしそろそろ帰ります」
「寂しい男の休日を助けてくれねェのかよい」

彼女といいマルコさんといいまったくもう・・・!どこまでも、一枚も二枚も上をいく人だ。
二人でお店を出て、周囲を目的もなくぶらりと歩く。幸いここは商業施設が集まっている高層ビルなので行くところにも困らずに済む。良かった。
それにしても、先日の忘れ物を届けたときじゃないけれど慣れないシチュエーションでどうも落ち着かない。

「この階はあまり見るものないから、上行きません?」
「ああ、いいよい。適当にブラっとしようかねぃ」
「マルコさんは何か見たいものとかあります?」
「そうだなァ。特にはねェが・・・何か良いもんがあったら買うつもりだよい」

無邪気に笑ってみせたマルコさんは、どことなく普段より若く見える。ああ、きっと戦闘服のスーツを着ていないせいかも。
シンプルなトップスにシンプルなパンツ。
コレクションの最後、ランウェイで最後に登場するデザイナーたちは何の変哲もない服装で出てくる人が多いと個人的に認識している。
けれどそれが、この世で最も洗練されたファッションに映って見えるんだ。
肩書きもあるだろう。でもそれだけじゃない。多分、計算し尽くされた綺麗でいて絶妙なサイズ感、上質な素材、この二つが大きく意味を持っているというのがまたもや個人的見解。
ただのティーシャツが、パンツが、なぜこうも洗練されて見えるのか。トップデザイナーたちに思うのと同じことをマルコさんにも思った。

ていうか色々うるさい御託を並べたけど、マルコさんはスタイル抜群だから何を着ても映える。結局はそこだ。


「わあ、ここのスーツ素敵ですね」
「よく来るよい。結構良いのが置いてあるんだ」
「じゃあ見ましょう!こういうお店普段まったく入らないから新鮮」
「たまにはいいだろい?」
「はい!・・・あ、これどうです?お洒落。マルコさんに似合いそう」

シックな色合いの縦マルチストライプ柄のネクタイ。斜めになっているレジメンタル柄はありふれているけど縦は意外と見ない気がする。

「お、いいねぃ。よく見つけたなァ」
「ね!よく似合うと思・・・え、もう買っちゃいますか?早い」
「?悩む理由がねェだろい。Nameが選んだネクタイだ」

マルコさんが、私が選んだネクタイを着けてくれるのかと思うと飛び上がりたくなる。きっとそれをオフィスで見た日には、声を大にして「私が選びました」と叫びたくなるに違いない。どうかその日が来たら、誰か私をそれこそ資料室にでも閉じ込めてほしい。ただし一人で。

他にもスーツ系以外の服や雑貨を見たり、気に入ったものがあれば購入し、ごく自然に買い物を楽しむことができて不思議に思う。普段はもっぱら一人か、女友達でも今日の彼女ともう一人くらい、それと自分の母親くらいしか本格的な買い物には行かない。それ以外の人と一緒だと気を遣ってしまうのか、落ち着かず不自由な思いをして仕方ないのだ。(こういう人はきっと多いはず)
それなのにマルコさんとは、最初こそどうしようかと思ったけれどまったく窮屈な思いをせずに過ごすことができている。


「大丈夫かよい、疲れてねェか?」
「んーそう言われると少し」
「ははっ、買い物に夢中で気付かなかったか。んじゃそこ入って休むよい」

いや、たぶんマルコさんと一緒だから疲れを感じなかっただけです。というのは心に留めておいて、フロアの一角にあるこじんまりとしたカフェに入りしばしの休憩タイム。


「この上に新しくフレンチレストランが出来たの知ってるか?」
「上?下のほうにあるフレンチなら知ってますけど」
「あーそこじゃねェよい。確か五十階くらいに・・・」
「あ、聞いたことあります!パノラマビューですっごく素敵だって」
「そうそう、今度行かねェか?気になってるんだよい」
「行きましょう行きましょう!私も気になる」

さり気なく約束を取り付けて、心の中でニヤつく。
三十分ほど休憩してまた近くのお店をのんびりと徘徊。

「あ、ここにマノロ置いてるんですよねー見てもいいですか?」
「もちろんだよい。ってもう入ってるじゃねェか」
「あー素敵ー・・・!もうほんと大好きなんですよっ・・・!」
「知ってるよい」

マルコさんは肩を揺らして笑う。
どれも魅力的で目移りをしてしまうけれど、次のシーズンを見越してスウェード素材のタイプが欲しいなとそれを手に取る。いつ見ても美しい。

「すみません。これ履いてみてもいいですか?」
「はい。こちらへどうぞ」

手に取ったものはサイズが合わないと分かっていたけれど、とりあえず見え感だけでもすぐ確認したかったので構わずに試着をした。予想通り少し大きいけれど素晴らしく綺麗なフォルムだ。

「綺麗だねぃ。それが良い」
「やっぱり!?じゃあ買っちゃおう。すみません、これのもうワンサイズ下ありますか?」
「大変申し訳ございません。そのサイズは先程売れてしまいまして・・・。宜しければお取り寄せさせていただきます」

思わずええ、と嘆いてしまった。取り寄せにも時間が掛かるだろうし、明日にでも違う店舗を覗いてみたほうが早い。
店員の申し出を丁重にお断りしてお店を出た。

「いいのかよい?」
「うーん残念ですけど、時間掛かるので後で違う店舗に行ってみます」

そろそろ行き場所もなくなり、時計を見ると夕方になっている。
マルコさんも私に釣られるよう片腕を覗いた。


「早いねぃ。もうこんな時間か」
「マルコさん、もう見たいお店とかないですか?」
「ああ、欲しいもんは買ったし大丈夫だよい。Nameは?」
「私も大丈夫ですー。良かったらこの後夕食行きませんか?お礼にご馳走させてください」
「なに言ってんだよい。おれが付き合ってもらったんだ」
「いや、でも今日に限らずいつものお礼も兼ねて・・・」
「朝から歩き回ってたんだろうから、疲れてるだろい。今日は帰ろう。車で来てるから送ってく」
「え、さすがにそこまで迷惑掛けられませんよ!大丈夫です・・・!」
「いいから駐車場行くよい」

マルコさんはにこやかな笑みを見せながら、頭にぽん、と手を触れ先に歩き出してしまう。
正直なところ結構疲れていたので、安心した。態度には間違いなく出ていなかったけれどそういうところに気付く人だ。本当に、すごい。


「今日は本当にありがとうございました」
「こっちの台詞だよい。ありがとな。あ、フレンチの件再来週の週末はどうだ?」
「大丈夫です!」
「じゃあ予約しておくよい」
「ありがとうございます、楽しみー!」


to be continued.



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