Seald with a loving kiss.

「サッチ、パウリー」
「お前まーたそんな格好してなァ・・・」
「どうしたよ？思い詰めた顔して」
「黙ってられないから言うねルッチにキスされた」
「「はあああああああ！？なんで！？」」
「こっちが聞きたいよ！！なんで！？」

あれからいたって普通どおり業務をこなすルッチを横目に、ひたすら考えた。
なんでキスした？
私のことが好きなのか？
暇だったのか？
考えても答えなんて出るわけない。ただの気まぐれということにしよう、そう何度も思っているのに、来る日も来る日もあのシーンが頭から離れないのだ。


「職場でンな破廉恥なっ・・・！！」
「だからお前、あのとき妙に大人しかったのかよ！」
「二人とも、どう思う？」
「え？」
「どう思うって・・・」
「ルッチが何考えてるのか全然分かんない」
「そりゃあ、まあ、そーいうのは本人に・・・」
「あー・・・そうだなパウリーの言うとおりだ。気になるなら直接本人に聞いた方がいい」

分かっていた答え。きっと私は問う勇気を出すのに後押しして欲しかったのだろう。
勝手にあーだこーだ考えても仕方ないのだから、これはもう聞くしかない。場合によっては張っ倒すだけだ。


「Name」
「マルコさん！お疲れ様です・・・あれ、今日来社予定でしたっけ？」
「近くまで来たから寄ったんだよい。Nameの顔見ると疲れが吹っ飛ぶからなァ」
「本当に？！ありがとうございます！」
「時間空いてたら昼飯でも行くか？」
「行きます！」
「「おれらは！？」」
「何が悲しくて四人で飯食わなきゃいけねェんだよい」

二人の必死の抗議で、四人でランチへ行くことになりようやく私のテンションが上がる。
そしてパウリーの希望で会社近くのインド料理店に入り、他愛もない談笑をしていたときに事件は起きたのだ。馬鹿だ馬鹿だと思っていたけれど、まさかこんなことになるとは。そもそも、サッチにだけ話していれば良かったのか。


「それにしてもなー、ルッチにキスされるとかお前ほんっと、破廉恥なことしやがるよな！」

エースのとは違う爆弾発言に、血の気が引いたような怒りが爆発するような矛盾した感覚を覚えた。幸いマルコさんと私は並んで座っていたので、殺気を込めた視線をおもいっきり送ると空気を読んだパウリーは言葉を続けることなく黙り込み、代わりに慌ててサッチがフォローを入れ始めた。

「お、おいパウリー見ろ、タンドリーチキンきたぞ良かったな！」
「おおお、おう！これめちゃくちゃ美味くてよォ、マルコさん食ったことあるか？」
「ねェよい。キスってなんの話だ」
「・・・・・・！」
「・・・・・・！！」
「・・・・・・！！！」

まあ、うん、そうだよ。別に私はマルコさんと付き合ってるわけじゃないし、マルコさんだって別に私に気があるわけでもないし私だってただ憧れてるだけであって。でも憧れとかそんなの関係なく、社内の誰かとキスしたなんて普通知られたくないというのに、よりによって憧れてる人に知られてしまうなんて、一体どうしたらいいんだ。


「誰と誰がキスしたって？」

追い討ちを掛けるマルコさんの言葉に、確実に血の気が引いていく。
これはもう言い逃れできない。


「ま、まあ、あれだよ事故な、事故！ぶつかっちゃったんだよなName！」
「え？あ、そうそう！もーびっくりしたよ本当！ははは」

アホらしい。ぶつかってキスするなんて漫画か。なんで被害者の私がこんな想いをしなければいけないのかさっぱり分からない。
マルコさんは「へェ」と小さく返事をしただけで、それ以上気にしてる様子もなかったけれど私は大ショック。久々のカレーの味は妙に苦く感じ、完食するのにとても苦労した。
お店を出ると今の私の気分とは正反対の、抜けるような青空が広がっていて嫌味かとツッコミたくなってしまう。前を歩くサッチとパウリー、少し後ろをマルコさんと並んで歩き、珍しく話題を探すなんてらしくないことをしている自分。クラクションの音やお昼時の街の騒音がやけに大きく聞こえるのは気のせいだろうか。


「それにしても・・・妬けるねぃ」

沈黙を破ったのはマルコさんだった。
意味が分からず斜め上を見上げると、困ったような、ぎこちないような笑顔のマルコさんが私を見下ろしていた。

「サッチも言ってただろい？お前はおれのお気に入りなんだ」

良い返事が見つからなかったので、小さく「ありがとうございます」と返すしかない。
会社の近くで食べて良かったと思う。すぐにエントランスに到着し、それぞれ仕事に戻るため解散となったから。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

仕事を終え、帰宅前にとロビーのコーヒーショップで一息ついていると今一番私の心を占めている人物が通りかかった。大好きなあの芸能人でもなく、憧れのマルコさんでもなく、ルッチだ。
ガラス越しに目が合ったので、手招きをして呼び寄せる。


「お疲れ。もう時間外だから、この話題出してもいいよね。言いたいこと聞きたいこと山ほどあるんだけど」
「お前は鈍い」
「生まれて初めて言われた」
「冗談だろ」

“あの人絶対私に気がある”と思っていても、結局全然そんなことなかったというパターンを今まで五十回くらいは経験している、むしろ自意識過剰なレベルだ。それが、鈍いだなんて。

「お、お疲れさん！ワシも座っていいか？」
間延びした声を出してカクが現れ、私の隣に座る。
「今日は本当に疲れたわい。あ、例の会社から電話掛かってきてのう、」
この空気に気付かず、お喋りを続けるので私も一切構わずルッチに向かって話を続けた。


「つまり私が好きだと？」
「そうじゃなかったらお前みたいな女にキスなんてするか」
「あんた一体私のこと好きなの？嫌いなの？」
「好きだ」

初めて口にされたその感情に、目を見開くことしかできない。「キス」の単語が出た瞬間に隣の声が止んだので、きっとカクも今私と同じ表情をしているだろう。ほら、そっと、静かに席を立って去って行った。

それにしてもルッチが私を好き。考えたこともなかった。
私は一体どんな言葉を紡ぐべきかも分からない。それを見透かしたのか、ルッチは夕刊を広げながら続ける。


「お前がおれを仕事仲間以上に思ってない事は知っている。別に返事が欲しいわけじゃない」

聞かれたから言ったまでだ、気にするなとまるでビジネス話でもしているかのように淡々と紡ぐものだから。
ここは私も正直になるべきではないか。

「・・・分かった。ルッチの言うとおりだから、返事は言わない」
「・・・勘違いするな。今はという意味だからな。そのうちもらう」
「どこまで横暴・・・！」
「今に始まったことじゃないだろ」

口の端を上げて笑うルッチを見て、やっといつも通りの私たちに戻れた気がした。

その後サッチに話をしたら「お前いま人生最大のモテ期だな！どーせすぐ終わるだろうから楽しんでおけよ」なんてものすごく他人事で小馬鹿にした（でも間違ってはいない）反応が返ってきたので、何も言い返せない。


to be continued.

thanks/例えば僕が