You only have to come to like me.

とある日。社長室に入ると、マルコさんと社長が談笑していた。来社するのは分かっていたけれど、もう少し遅いものだと思っていたからその不意打ちに心臓が跳ねる。

「マルコさん、お疲れさまです!先日はありがとうございました」
「あァ、また行こうな」
「ンマー・・・どこか出掛けたのか?」
「この前書類届けたあとにご馳走になった話ですよ。次の日社長に言ったじゃないですかー」
「ああ、それか。ンマーありがとうなマルコ。うちの娘が世話になってるようで」
「世話になってるのはこっちだよい。寂しい食卓が華やかになるからなァ・・・良い娘さんを持って羨ましいよい」
「ンマー。お前にはやらんぞ」

楽しいジョークを繰り広げて和やかな空気のまま、打合せに突入。途中で古い資料が必要になったので、地下にある資料室まで取りに行くべく一時退席をすることに。
エレベーターに乗っていると途中でルッチが乗り込んできた。


「お疲れー」
「サボりか」
「失礼ね。資料室行くの。あ、探すの手伝ってよ」
「バカヤロウおれは忙しいんだ」
「そう言ってもルッチは優しいから手伝ってくれるの、私知ってる」

ルッチはため息をひとつ吐き、降りる予定のボタンを二度連打して取り消した。ほらね、ありがとうと得意に笑ってみせれば眉間の皺が一段と深くなる。
地下は倉庫や資料室が並んでいて、人の出入りは無いに等しい。エレベーターを降りた先に広がる暗い光景を見て、一人じゃなくて良かったと心底思った。
暗証キーを入力して資料室に入り、手分けして目的の物を探す。荷物は多いけれど綺麗に整頓されているので、ほんの数分で見つけ出すことができ安堵した。
二人分の靴音を大きく響かせて扉に向かい、ノブに手を掛けるも何故かぴくりとも動かない。


「あれ?」
「どうした」
「開かないんだけど」
「何を馬鹿な・・・貸してみろ」

呆れ顔のルッチと立ち位置を交換してみるも、やはりまったく動かない。

「え、ちょっ、え??」
「開かねェな」
「なんで・・・?」
「キーの誤作動だな。完全にロックが掛かってやがる」
「嘘でしょーっ!?あ、電話・・・置いてきちゃったよ!ルッチ持ってる?!」
「デスクだ」
「えーっ?!どうすんの!?こんなところ誰も来ないよ!どうしよう誰にも知られないままミイラ化する!!」
「バカヤロウ。社長に頼まれて取りに来たんだろ?お前が戻らなければ不思議に思って探すさ」
「た、確かに・・・!うん、そうだよねマルコさんも知ってるし大丈夫だよね・・・!うんうん、きっと夜までには出れる・・・!」

と信じたいっ・・・!
そうして古臭い蛍光灯が光る、重く閉鎖的な雰囲気の資料室で私たちは助けを待つことになった。


「ごめんルッチ。巻き込んだね」
「とんだ災難だ」
「ほんっとごめん・・・!!」
「冗談。お前一人にしないで良かった。パニックで発狂してただろう?」
「・・・うん。ありがとう」

それ以上特に会話もなく、時計ばかりを気にする。
もう三十分は経った感覚でも、実際はまだ十分程度だったり。
そして段々と足が痛くなってくるから困った。ヒールで歩き回っているのには慣れていても、動かずにただ立っているのは結構辛いものがある。座れるような椅子もないし、いっそ靴を脱いでしまおうか。こんなときばかりは大好きな靴も憎く思えてしまう。
扉近くにある、私の胸下くらいの高さのキャビネットが目に留まる。座りたいけど上がれるだろうか。よりによって今日はタイトスカートだ。

「座るか?」
「座りたい・・・けど上がれるかな」

言い終わるか終わらないかのタイミングで、体が宙を浮いた。驚きの声を上げる間もなくルッチは軽々と私をキャビネットの上に座らせたのだ。

「び、びっくりした!」
「これで脱げるだろ」

投げ出された足からマノロを取り上げるルッチ。床に置いておけばいいのにきちんと私の隣に並べるところが、彼らしい。

「ふふ、ありがとルッチ。楽になったよ」
「さすがにおれも疲れてきた」

二人と一足。おとなしく並んで、ひたすら助けを待つ。

「あー暇・・・」
「・・・・・・」
「なんか喋ろうよ。しりとりでもする?」
「ひつじ」
「なんで羊?!しかも食いついた」
「・・・」
「・・・はいはい。じ、ね。じ、自家発電。あ!」
「アホか」
「バカバカしい。やめよう」
「お前が言い出したんだろ」

またしばらく続く退屈な時間。次に沈黙を破ったのはルッチだった。


「そういえば、マルコと食事に行ったのか」
「ああ、うん。この前ね。忘れ物届けに行ったついでに」
「あいつには近づくな」
「え?なんで?」
「おまえを狙ってやがる」
「いやいやいやそーいうのじゃないよ。からかわれてるだけ!もしかして私を盗られると思って心配してる?!大丈夫、ルッ・・・!」

横を向いたとたん後頭部を引き寄せられ、唇を奪われた。突然ながらも柔らかい感触。目の前に広がる端正な顔立ちはこんなときでも涼しげで、私は状況を理解するのにしばらく時間を要した。
やっと離れても驚きすぎて大した言葉が出てこない。


「冗談、でしょ・・・」

そのときだった。
ロックを解除した際に鳴る電子音が響いて、扉からサッチとマルコさんが顔を覗かせる。


「いた!お前らどーしたっ?!マルコが来て、資料室に行ったきり戻らないなんて言うから来てみたんだけどよ、」
「誤作動が起きた。管理会社に連絡入れておけ」

ルッチは多くを語らず華麗にキャビネットから降りて資料室を出て行く。


「あ、おいルッチ!ったく・・・大丈夫かName。やっぱ閉じ込められてたのか?」
「え?ああ、そう、なんか内側から開かなくなっちゃって・・・」
「そっか・・・!早く気付いて良かった・・・!」

救出された喜びどころじゃない。呆気に取られ続ける私を余所に、マルコさんは隣のマノロを手にとり未だキャビネットからぶらりと下がる足元へ持っていった。


「どうしたんだよい。やけに静かだな」
「あ、いえ・・・」
「怖かったのか?」

ほほ笑んだマルコさんは、それを履かせてくれてた後ふわりと私を地面に降ろしてくれた。小さく御礼を言うのが精一杯で、今は何も考えられない。


「しっかしまさか閉じ込められるとはなァ!ははは!しかもルッチと!」
「妬けるねぃ」
「おーおー、お気に入りのNameちゃんを取られちまってマルコもご立腹だ!」


冗談に乗る余裕なんてなかった。
たくさんの疑問が頭のなかを駆け回っていて、気分は最悪だ。



to be continued.



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