I came here to save you!

穏やかな空気が流れる社長室。
ソファに座り、マルコさんが置いていった書類に目を通す。向かい側の社長は長い足を投げ出してスマートフォンに夢中。私が言うには失礼極まりないけれど、この方とは波長がよく合うのか必要以上に気遣うこともなくこうした場面でも自然体でいられる。
アイスティーをひとくち流し込み、新たな一枚に視線を落とすと明らかに不自然な内容に違和感を覚えた。
よくよく見てみると大体の予想がつく。


「社長、これって・・・」
「ん?・・・・・・・・・ンマー、手違いで混ざったんだろうな」
「その内容だと多分、裁判所への提出物ですよね。日付が明日になってますけど・・・大丈夫でしょうか」
「困ったな。電話してみるか」

手中のそれを耳元に移動させ、やれやれというジェスチャーを見せるから小さく笑ってしまう。


「おれだ。今大丈夫か?・・・マルコおまえ、置いてった書類の中に・・・・・・ああ、そうそれだ。・・・・・・ンマー困ったな」

不穏な空気に顔を上げると、ふと目が合った社長は思いついたような顔をして電話を耳から離した。


「Name、マルコの奴しばらく出先で動けないらしくてな。届けてやって欲しいんだが・・・」
「わかりました。社長もこの後はデスクワークですし、大丈夫です」

助かる、と発して電話を耳元に戻すと一言二言相づちを打ち通話を終えた。多分マルコさんはゆっくり話せない状況なのだろう。


「今日に限って事務所に誰もいないらしい。ンマー17時頃に来てほしいそうだ」
「はい、17時ですね」
「ンマー悪いな。そのまま上がってくれて構わねェ」
「もちろんそのつもりです」
「抜かりねェな」
「マルコさんにお礼言わなきゃ」

笑い合ってまた書類と向き合う。
社外で顔を合わせるどころか、マルコさんのオフィスに行けるなんて滅多にない機会だ。





約束の17時少し前、エントランスの大理石を越えていくマノロはまたも軽快な音を立てている。通りでタクシーを捕まえ10分程で目的地に到着。
ガラスの向こうは白系でまとめられた、明るく清潔感のあるシンプルなエントランス。ひと捻りのあるインテリアがアクセントになっていて、選んだ人のセンスの良さが滲み出ているスタイリッシュな空間だ。

17時を回っているのに、インターホンを押しても反応なし。戻ってくるのがマルコさんなのか他の方なのかは聞いていないけれど、用事が長引いているのかもしれない。
そうしてしばらく待ってみても一向に誰かが現れる気配がなく(マルコさんが関わっていなければとっくにその場を後にしていただろう)、気付くと当初の約束から一時間半が経っていたのでいい加減不安になってくる。
私ではなく、マルコさんが17時にうちの会社に来ることになってたとか?
もしかして明日の17時だったとか?考えだしたらキリがない。マルコさんの名刺を探して、電話を掛けてみることにした。仕事中だったら申し訳ないけれど、こちらにも任された責任がある。

ワンコールで「はい」と硬めの声が響く。
いつもと違って聞こえるのは、知らない番号だからだろう。


「ガレーラカンパニーの、」
「あァ悪いName、打合せが長引いちまった!今戻ってるよい」

被せ気味にそう喋るマルコさんは、滅多に聞けない焦りを含んだ声。


「あ、いえ!私は全然大丈夫です!こちらこそすみません、不安になってきたので電話しちゃいました・・・!」
「ははっ、悪かったよい。あと5分でそっちに着く」

急がなくて大丈夫なので、気を付けてくださいと電話を切った。いつもと違った場所でしかも待ち合わせとなると、少しばかり緊張してしまう。


「Name」
「マルコさん!お疲れ様です!」
「すまない、だいぶ待たせちまったな」
「ふふ、大丈夫ですよ。こちら書類です!一応確認してください」
「・・・・・・あァ、確かに受け取った。助かったよい」

ありがとな。
肩の荷が下りたようにほっとした笑顔を見せながら、ふわりと髪を撫でてくれたマルコさん。
うーん王道だけどやっぱりドキッとしちゃうなぁ。そんなことを思っているうちにエントランスのロックを解除して中へと招いてくれた。


「素敵なオフィスですねー!」
「インテリアはおれが全部選んだんだよい」
「あ、すごくオシャレだなって思ってたんです!さっすがマルコさん」
「だろい。紅茶で良いか?」
「はい、ありがとうございます」
「なんだかいつもと逆だなァ」
「新鮮ですね。失礼いたします」

ふわふわのソファに座って、ほっと一息。私も肩の荷もようやく下りたみたいだ。


「この後は会社に戻るのか?・・・熱いから気を付けろよい」
「ありがとうございます、いただきます。今日はもう直帰しますよー」
「じゃあ飯でも行くか?お礼だよい」
「・・・!」

当然即答で頷いた。
すぐに出ることになり、再度二人でオフィスを後にする。





「この近くに行きつけがあるんだよい」
「へえ・・・マルコさん、行きつけたくさんありますね」
「今度はNameの行きつけにも連れてってくれよい」
「そうですね!でも絞れないなぁ・・・どこがいいかなー」

「全部行けばいいだろい」なんて笑うマルコさんは、ちゃんと歩幅を合わせてくれて、それがなんだかくすぐったく感じる。
夜の街で二人きり、勤務時間外、慣れない状況のせいだろうか。今夜もまたからかわれて、私は胸を高鳴らせるのだろうか。限りなくビジネスディナーに近いものだと分かっていても、嬉しくなってしまう。






近くの路地裏にある、和風な佇まいの建物。
どこかでもよく見る石造りの小さな段差があり、いつかのようにさり気なく手を差し伸べてくれるマルコさんに相変わらずときめく。
降りた先には、風情のある引き戸に立派な暖簾が下げられていて、まさに知る人ぞ知るお店という印象だ。
店内に入ると、カウンターにいる年配男性と目が合う。その人に向けて、マルコさんは親しい口調で話しかけた。


「オヤジ、二人なんだけど空いてるか?」
「おォ・・・マルコか。女っ気のねェお前が、珍しいじゃねェか」
「たまにはオヤジにもおれの勇姿を見せとかねェとなァ」
「グラララ・・・奥が空いてる。ゆっくりしていきな嬢ちゃん」

その呼ばれ方に内心気分が上がる。見た目は少々威圧感があるけれど、心優しそうな人。
奥の個室は、生け花が品よく飾られていて橙色の間接照明が、落ち着きと安らぎを演出しているとても素敵な空間だ。
ドリンクメニューをこちらに向けながら「おれはウーロン茶」と呟くマルコさんに反応してしまう。


「あれ?飲まないんですか?」
「今日はどうしても車で帰らなきゃいけなくてな。良ければ送ってくよい」
「ほんとですか。じゃあお言葉に甘えてお願いしちゃいます。そしたら、私もお酒はやめておこうかな」
「なんだ。気にしないで飲めよい」
「んーでも一緒に飲んだほうが美味しいですし・・・次にとっておきます!」

ジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩めながらほほ笑む姿がそれはもう素敵でたまらない。いま「男性の好きな仕草は?」と聞かれたら迷わず、ネクタイを緩める仕草だと即答する。
憧れの人とこうした時間を過ごせるなんて私ってばラッキーな女。

他愛もない話をしているうちにウーロン茶が二つ到着し、乾杯。
なんだかとっても健全じゃない?
旬の味覚だけでなく、盛り付けや器にもこだわりが感じられる料理はとても素晴らしいもので、オヤジと呼ばれていたあの男性が手掛けたものだと思うと感動も増す。


「あ、そういやァ・・・」
「どうしました?」

脱いだジャケットのポケットを探る様子を、不思議に眺める。
会社用と思われる二つ折り電話を開いたマルコさんは、確認するように画面を見つめていた。


「さっき掛けてきたこの番号、プライベート番号か?」
「そうです」
「じゃ登録しておくよい」

珍しくここまで、大きく戸惑うこともなく順調に接していたというのに。油断していたところを突かれ、ちょっぴり悔しい気持ちが芽生えたところで私のスマートフォンが振動する。
手に取ってディスプレイを見るか見ないかの瞬間に、向かいのマルコさんが可笑しそうに声をあげた。

「おれだ」
「えっ・・・?!」
「登録しとけよい」

結んだままの唇にかすかな笑いを浮かべて、こちらを見据えるマルコさん。
相変わらず私は戸惑ってしまうけれど、払拭するよう気をしっかり保ち頷いた。嫌な気持ちにはまったくならないけれど、いつも面白がられるのも性に合わない。何より普段の自分じゃないようで気恥ずかしいのだ。

楽しい時間はあっという間に過ぎ、またもやごちそうになってお店を後にした。

来たときと同じように段差の前で手を差し出され、迷いなくそれに甘える。
二、三段上りきったところで手を引っ込めようとした私の意志とは反対に、そのまま強く握られる感覚。
手を繋いでいるというよりは、握られている感じのほうが強い。そして男性らしい無骨な手でも、あたたかい。みるみる心を奪われていくのが分かる。
会社の憧れていた顧問弁護士と二人きり、人通りのある夜の街でこうしているのは何だか悪いことをしている気になり、それがまた胸の高鳴りを強くさせる。

あーダメだ。
好きに、なってしまいそう。

ちらりと横目で斜め上を盗み見るといたって普段通りのマルコさんが、駐車場がどうのこうのと話を続けているけれど全然頭に入ってこない。
自分の気持ちを閉じ込めるかのように、マルコさんの手のひらの中で丸まっていた手の力を少しだけ強くした。



オフィス近くにある駐車場に着くと、握られていた手は何事もなかったかのように解放された。まあ、雰囲気で手を繋ぐくらい、どうってことないよくある話だ。そう自分を納得させて高級SUVの助手席に体を沈める。
女の独り暮らしだから、そうそう簡単に場所を知られたくないだろうというマルコさんの気遣いで自宅の最寄り駅まで送ってもらうことに。
あなたに知られるのなら、まったく構いませんが!と出かかったのを堪えて、そのままお願いすることにした。

窓の向こうには行き交う人々の群れ、ビルや車の灯りなど都会の夜が広がっていてサイレント映画を見ている気分になる。


「眠いのか?」
「あ、いえ。外眺めてました」
「・・・・・・今日の書類だけどねぃ」
「?はい」
「こうなることを分かって、わざと紛れ込ませたとしたら?」

突拍子もない問いに黙ってしまう。
わざと?こうなることを分かって?
・・・ああ、なるほど。
またからかって楽しんでますねマルコさん。たまには反撃、または乗っかってみてもいいですよね。


「逆にこうなることを分かって私が届けに来たとしたら、どうします?」

いつもされているように笑ってみせると、一瞬驚いた様子のマルコさんは片手で顔を覆い、自嘲気味に吐息をこぼした。



「・・・たちが悪ィよい」

いつも遊ばれてばっかりだから対抗してみました、とおどけるタイミングを失ってしまったではないか。
お互い口数が減って、なんだかちょっと気まずいまま最寄駅に着く。
心配だから家に着いたら連絡くれ、と言われたので、さっそく電話番号が役立つときがきたかと期待に胸を膨らませた。


to be continued.

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