私とイルミは夫婦だ。
正しく言うと、仕事で夫婦を演じる。
どうしてそんなことをするかというと、依頼人から、殺す前にターゲットから引き出してほしい情報があると頼まれたから。どうして夫婦を演じるかというと、今回の仕事場はパートナー同伴でないと入れない会場だから。
仕事を請けたイルミが、同業であり腐れ縁でもある私に声をかけてきたのだ。

「あーめんどくさい。さっさと始末しちゃえばいいのに」
「言っとくけど今回の相手はかなり用心深いよ。高い金払ってるんだからヘマしないで」
「はいはい」

会場はホテルの大ホール。招待客たちには客室も用意されていて、もちろん夫婦設定だから私とイルミで一室のみ。そのやたらと豪華な部屋で、とりあえずこの資料読んどいて、と渡された紙切れにはターゲットのことが事細かく記載されていた。

「うわーずいぶんな愛妻家なんだね」
「そ。だから同伴じゃないと入れない」
「そういうことかぁ」

なんだか素直に羨ましいと思った。思いながらふと浮かんだのは、先月別れた男の顔。彼とは知人をとおして知りあい一年ほど恋人として過ごした。もちろん、私が暗殺業ということは言っていなかった。このまま上手く事が進む期待もしていた。でもあっけなく振られてしまい、私はそれに縋ることもできず愛よりも、ちっぽけなプライドをとった可愛げのない女だった。
先日イルミとヒソカに会ったときにその話をしたら、偽りだらけの女だね、と興味なさそうにイルミは傷を抉ってきた。(慰めの言葉が欲しかったのに……!)

「これつけて」

ネクタイを締め終えたイルミが、私が座るソファになにかを放り投げた。
ベルベッドの小さな箱、ふたつ。ジュエリー界で最高峰のブランドロゴが刻まれていて、開けなくても中身はわかる。それを左手薬指にはめた瞬間、私とイルミはいよいよ仮面夫婦になる。ここ一年の私がいちばん望んでいたものが、ようやく目の前にやってきたというのに喜びどころか怒りで気が狂いそうだ。

「別れたばっかで傷心中の私が、こんなのつけなきゃいけないなんて……」

嫌味か!と吐き捨てたところでどうにかなるわけでもない。

「オレは笑えるけど」
「ぜんぜん笑えない」

箱に手を伸ばして、蓋を開ける。
目が眩むほどの輝きなのに、どうしてこんなにも気品に溢れているのだろうか。

「ねえイルミ。いつかさ、こんな私でも本物を指にはめて、心の底から愛したり愛されたりする関係を誰かと築けるのかな」

視線の先のリングが「それは無理でしょ」と言っているかのように嫌味に光り、自棄な感情がむくむくと湧き上がってくる。ああもう、こうなったら夫婦でもなんでも華麗に演じてやろうじゃないか。

「イルミの指に、はめてあげる」

いたずらな声と表情を向け、もうひとつの箱を開けてイルミの手を取る。人を殺めるようには見えない綺麗な指だ。

「うわ、違和感すごい」

小馬鹿にして笑ってもイルミはずっといつもどおりの無表情だった。そのまま自分の分もはめようとすると、横から手が伸びてきて手中のリングを奪われる。

「やめてよ。やる分にはいいけど、やられると照れる」
「ずいぶん勝手だね」

有無を言わさず、イルミの誘導によって指先を通過していくリング。
おさまりのいいところで止まり顔をあげると、唇と唇が重なった。すぐに離れたから一瞬のことだと思ったのも束の間、またすぐに今度は深くまで、重なるというより奪われていく感覚のものだった。雰囲気に流されたのか、私は抵抗どころか応戦してしまう。

「……夫婦演じるのに、これ必要あった?」
「さあ」
「……バカみたい」
「ねえ。さっきの話、オレが一緒に築いてやってもいいけど」
「え……」
「この指輪、そのままあげるからお前が言う“ホンモノ”ってことにすれば」

淡々と自分の言いたいことだけを言って立ち上がったイルミは、もう時間だから行くよと私を急かしてきた。
いまいち頭の整理ができないままリップを塗り直して、なんでキスなんてしたのか、なんでイルミがあんなことを言ったのか、わけのわからないまま仕事が始まってしまった。

でも、ひとつだけわかったことがある。
わざわざイルミが用意するんだから、マリッジリング着用は会場に入るために必須なものだと勝手に思っていた。でも場内の他の参加者たちを見ると、べつに必須ではないようだ。
イルミが勘違いするはずない。かといって、不要なものを用意するほど用心深い性格でもない。
なんだか頭の整理ができてきたような気が、する。


Stick with the guy
who ruins your lipstick,
not your mascara.

つかまえて離しちゃだめなのは、
あなたの口紅を崩す男。
マスカラじゃなくってね。



thanks/alphabeta

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