船尾側にある小さな倉庫。空になった宝箱と酒樽が乱雑に積んであっても、さすがは白ひげ海賊団だ。きれいに掃除が行き届いているため、不快感はまったくない。

「……何考えてる?」
「意外と埃っぽくないなー、とか」

乾いた笑い声をこぼして私の後頭部を引きよせた手に、ほんの少しの力強さ。そこから小さな苛立ちを感じるのは、期待とはほど遠い、ロマンのない返事だったせいだろう。
ちょっとした悪戯心に踊らされる恋人を、かわいいなんて思ったのも束の間。かさねた唇が深く沈み、あまい吐息が混ざりあう。

「……っ、いぞ、」
「ん」

真昼間からこんな場所で、いったいなにをしているのだろう。
たまたま通路で鉢合わせて、立ち話をしていた。なんの話かすでに忘れてしまったくらい他愛のないことだ。じゃあねと去り際に、そのきれいな頬に手を滑らせたら、なにかに火を点けてしまったのかここに引きずり込まれた。
手を滑らせる、なんて言葉にしたら色っぽいことのように思えるけれど、私がしたのは小さな子どもにするような爽やかなものだったはず。
まあ気まぐれな性格をしたイゾウのこと。彼のすることにいちいち意味を探していたら、きりがない。

「……あ!」
「なんだよ」
「レイナと約束してたの忘れてた」
「……誰だ?」
「ナースの、ほら黒髪のショートカットで、」
「ああ」
「ごめん行くね! また夜!」

レイナは半年前にこの船に乗ってきたナース。先日から十六番隊のクルーと付き合いだしたということで、その経緯やらなにやら、まあいわゆる恋愛話をする約束をしていた。


「あー思い出した! あの彼か。きれいな顔してるよね」
「イゾウ隊長には敵いませんけどね……! あの、思うんですけど十六番隊って、他の隊より美形多くないですか?」
「あー言われてみると……」
「イゾウ隊長の方針だったりして!」
「はは、まさかーそんな方針聞いたことないよ。まあレイナが幸せそうでなにより!」
「はい! 今まで恋人に苦労させられることが多かったんですけど、いまの彼は全然そんなことなくって。相性とかぜんぶひっくるめて私にぴったりで、この人しかいないー! って感じなんです」
「このひとしかいない……」
「はい!」
「う、なんか眩しい……! じゃ、近いうちにナースのみんなとお祝いしようね」

女の会話はすぐに話題が飛ぶから、さぞ幅広い事柄を話しているように思えるかもしれない。しかしほとんどが、恋愛か仕事の愚痴、お洒落、美味しいもの、このあたりに分類される内容だ。
それでも話題は尽きないし、気付けば何時間も経っていて仕事に大幅な遅れが出る。そうなると、あとの予定がどんどん狂い、また次の約束にも遅れが生じる。






「遅い。いつまで待たせるんだよ」
「ごめんごめん。ちょっと仕事が終わらなくてさ」

部屋に入るなり、私が持ってきた酒瓶と一緒に唇をさらっと奪うイゾウはやっぱり少し苛立っていた。待たせたのはもちろん、このところ忙しくて時間が取れず、ゆっくりふたりで過ごせなかったせいだろう。昼間だって、あんなかたちで置き去りにしてしまった。
またも深い口づけが降ってきて、今度こそ存分に応える。
それにしてもイゾウはキスひとつにだって色気が溢れているからすごい。物欲しそうに開いた口元、傾けた顔の角度、伏し目がちで憂いある表情。どれをとっても、いつ何どきでも綺麗だ。


「隊長ー! いますか!」

真うしろの扉を乱暴にノックする音が響いて、夢ごこちから現実に引き戻された。
慌てて離れようとするもイゾウはそれを許さない。

「……ちょ……待っ、」
「待たねェよ。ほっときゃいい」

熱を持った唇が首筋にうつり、降下していく。同時に服のなかに入りこんだ手が、するすると胸元に伸びて刺激を与えてくる。

「……っ」
「見つかったらどうする?」
「知らな……、ん、ちょっとやめ、」
「隊長ー?……いねェのか。どこ行ったんだろ」
「いねェならテーブルにでも置いていこうぜ。報告書だからさっさと出した方がいいだろ」

まずい。こんなところを見られたら恥ずかしくてこの船に乗ってられない。

「いや、さすがに勝手に入るのはまずいだろ。甲板でも探してみっか」
「あーまァそれもそうだな」

遠ざかる足音に胸を撫でおろす。

「き……教育が行き届いてるんだね」
「ナマエ、お前さんにまでは届いてないらしいけどな」

置き去りにしたこと、待たせたこと、根に持っているようだ。イゾウは気まぐれにくわえて、意外と子どもっぽいところがある。
あれよあれよと脱がされ、強引気味に抱かれるのは嫌いじゃなかったりする。


◇◇◇


「そういえばレイナが言ってた。いまの彼は私にぴったりで、もうこの人しかいないって思ってるんですー! って」
「へェ」

肩肘をつき、頭を支えながら紙煙草をくわえてるイゾウ。煙管の仕込みが面倒なときは、手っ取り早い紙のほうをこうして吸うことがある。

「それ聞いて思ったの。私とイゾウは付き合ってるけど、私にとっての“この人しかいない!”って、イゾウなの? って。だって全世界の男を見たわけじゃないんだし、そんなのわかんないじゃん。まだ出会ってない誰かのほうが、私にとっての“この人”かもしれない」
「ひとつ分かってるのは、裸で布団に入ってする話じゃねェってことだな」
「はは、たしかに」
「そんなに気になるなら確かめてみな」
「どうやって」
「さァな。おれにこだわらずいろんな奴を見りゃいいさ」
「それじゃ結果が出るまえにおばあちゃんになっちゃうよ」
「或いはもう出会ってるが気づいてない、とかな」

まァたとえ他の男を追いかけようと、ナマエはおれのところに帰ってくる。
言葉にしなくともそう顔に出ていた。いや、出している。薄い唇の口角が意味ありげに上がっているから。
豪快に声をあげて笑う姿も好きだけれど、イゾウの一番はこれだ。この神秘的な、艶やかな表情を向けられたら目を離さずにはいられない。

「……私なんっでこんなにイゾウが好きなんだろ……!」
「お、冒険は諦めんのか」
「諦める。むり」

恨めしげにする私とは正反対に、今度は子どものような無邪気さをみせるイゾウは今日いちばんのご機嫌な様子だ。
強引なところも気まぐれなところも、意地が悪いところも、子どもっぽいところも。“この人”ならなんでも許せてしまう。それが私にとっての“この人しかいない”なのだろうと、なんとなくそんなことを思った。


結局最後は僕を愛しに帰っておいで


amさんへ


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