任務で、とある島のホテルに滞在している。潜入先は上流階級が集まる会場ということで、そこに馴染むよう今夜は黒を脱ぎ捨て、着飾らなくてはいけない。

「カリファー待ってたよ……わ、すっごく綺麗!」
「ふふ、ありがとう」

無邪気な笑顔で出迎えてくれたナマエ。支度を手伝ってほしいと言われていたため、自分の分を早めに終わらせ、こうして訪ねた。
ドレッサーまで誘導する華奢な背中を見て、遠い昔、私の目をまっすぐ見つめた少女を思いだす。
「ここで生きていくためには強くなきゃ。それと、かしこさも必要。私って欲ばりだから、仕事も地位もお金も愛もぜんぶほしいの。そのためには努力を惜しまないわ」
少女とは思えない大人びたその宣言にとても面食らったことを、昨日のようによく覚えている。
宣言どおり、こうして成長した。愛を手に入れるべく、恋までしているんだから大したものだと思わざるをえない。


必要なのは、7cm以上のヒールとボルドーの指先



「ねーカリファ、爪は何色がいいかなぁ」

どんな色があるの、聞いたときに通信機が鳴った。相手は同僚であるロブ・ルッチ。ナマエの意中の相手。
通信をオンにすると、業務連絡があるらしく居場所を聞かれた。

「ルッチ?」
「そうよ。連絡があるみたいで今から来るけど、ドア先で話すわね」
「ホテルだと盗聴が心配だしねー」
「それにあなたも支度中だし。ばっちり着飾った姿を見せたいでしょう?」
「うん!」

あの頃の面影が垣間見える、いたずらな笑顔。幾度となくこの存在に癒されてきたのは、決して私だけじゃない。私も、今回の留守番組も、そしてルッチも。

「悪いわね。ナマエが奥で支度中なの」
「構わない。それより、接触の順序を大幅に変えようと思う」
「…………仕方ないわね」

正直言ってこの男が意中の相手という事実には賛同しかねるけれど、ナマエが好きだというのなら仕方ない。妹のような彼女の恋の相手が誰であろうと、ちょっとしたアシストくらいはしてあげたい。

「……何か策でも持っているのか?」
「いえ、こっちの話。それでどう変えるの?」

話を終えて奥の部屋に戻ると、ナマエはまだ爪の色で悩んでいる。この様子じゃ朝まで決まらないのでは、と苦笑がこぼれた。

「日が暮れるどころか日が昇るわよ。そこにボルドーはある?」
「あ、早いねもう終わったんだ?えっとボルドー?……ボルドー……あった!」
「決まりね。ルッチのチーフがその色だった」
「……! さっすがカリファ」

ヘアセット、メイク、ドレスやジュエリーを一緒に選んで施し、最後に爪先に色をのせる。商売道具のひとつとは思えないほど、か細く、美しい手。

「ねぇカリファ」
「なあに」
「こういう任務で男女ペアのときって、今までだいたいカリファとルッチだったでしょ?」
「そうね」
「ついに私も、ルッチのとなりにいても不自然じゃない大人になったかーって思うとうれしい」

任務も、恋も、ずっと頑張ってきたつもりだけど、ずっと不安なの。だから、こうして重要な役割を任されて、おまけにルッチと一緒っていう役得ももらえて、少しだけステップアップできた気がする、と吐露するナマエ。

「あなたは自分で思っている以上に、強くて賢くて美しいわ。欲張りだから全部手に入れるんでしょう?自信を持ちなさい。持つべきよ。私たちも……ルッチも、そう思ってる」
「ふふっ、ありがとカリファ」



◇◇◇


任務は順調に進んでいる。
今日の私は単独でのアシスト役だけれど、会場全体の様子が見える位置について、二人と通信をつなげているため会話も耳に入ってくる状況。ルッチのよそゆきの朗らかな声色だったり、度々二人を視界に捉えると長年のパートナーのような親密な触れあい。本当に役得ね、そのまま部屋まで持って帰っちゃいなさいよと心のなかでナマエを茶化す。
そうして多少集中には欠けたものの、予定通り本日の仕込みはすべて済んだ。引き上げる前にもう一杯シャンパンをもらおうかと周囲を見回したところで、インカムからはっきりとした声が流れてくる。

「それにしても見違えたな……」
「ありがとう。カリファが手伝ってくれたの」
「ナマエ、お前は日頃からよくやってる。労いじゃねェが……この後どこか寄って帰るか」

ルッチも男なのねと少し驚きつつ、ナマエに向けて、良かったじゃない!と心で叫ぶ。
しかし何を勘違いしたのか、彼女はその誘いを「三人で」ととったらしい。

「ほんと? やった! じゃあホテルの近くに素敵なお店があったから、そこがいいな。ねえカリファ……っ!」

ナマエの言葉をすっと遮ったのは、彼の長くきれいな指先。その顔はめずらしく、一瞬、苦笑をこぼしていた。
通信を切り、シャンパンを諦めて会場出口に向かう。夜遅く、彼女が私の部屋を訪ねてくるであろうそのときまで仮眠をとらなければ。
もしかして、明日の朝になったりして。



雪さんへ

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -