父が突如連れてきた少年は、ロシナンテと名乗った。
口数が少なく、いつもどこか怯えている気弱いやつというのが子どもながらに受けた印象。でも、いくつか年下の私の面倒をよく見てくれていたし、彼が次第に私たち家族に打ち解けていくのに比例して私も彼を兄のように慕い、父はもちろん母も私たちを分け隔てなく育てずっと一緒に過ごしてきた。
誰がなんと言おうと、血はつながっていなくとも、私たちは自信を持って家族だと言える。父も母も私も、そして彼も、全員おなじ気持ちだ。

「ドンキホーテ・ドフラミンゴは実の兄だ。かつておれたちは、マリージョアで暮らす天竜人だった」

私が十代になって何年か経ったころ、ロシナンテはそう打ち明けた。
なにかの事情があったのはこれまでに当然察していたけれど、すべてを知っているであろう父がそれを私に話すことはなかったし、だとしたら訊ねるべきではないと思っていた。なによりも、いま、こうして家族であることがすべて。ロシナンテの過去がどうであろうと関係ない。現に真っ先に考えたのは、いつか元の家族のところへ帰ってしまうのではないかということだった。

「……やだよ、やだ。行かないで! ずっと一緒にいてよ! それとも、やっぱり本当の家族のところが、」
「ナマエ。おれの家族はここにいる。どこにも行かねェさ」
「きゃあっ!! 私を抱えたまま転ばないで!」

誰にもはかり知れない傷を心に持った男は、誰にでも寄り添うことができる、心やさしい男だった。
ロシナンテのような人間になりたいと思った。ロシナンテを、守れるようになりたいと思った。彼のようにつらい思いをしているひとを、助けたいと思った。
多くの人は、私が海兵になったのは父の背中を追いかけたと当然のように思っている。しかし私は、父の背中を追って海兵になったロシナンテの背中を、追いかけただけ。

それから年月は経ち、別れは突然やってきた。

「潜入捜査!?」
「あァ。あいつをドレスローザには絶対に行かせない」
「ちょ……ちょっと待ってよ、潜入捜査なんてドジのあんたが出来るわけないじゃない……! 今からでも父さんに言って、」
「よく聞けナマエ。これはどうしてもおれがやらなきゃならねェんだ」

海兵になって幾度となく見てきた、覚悟を決めた人間の目。逆にそれが、もう二度と会えないような気がして無性に怖くなったことを今でもよくおぼえている。

「帰ってくるよね……?」
「おれが帰る場所はただひとつ、ここだ。必ず戻ってくるって約束する」
「火! 肩に火ついてる!!」

その夜、ロシナンテは発った。父も感傷的になり、ひどく心配していた。自らが育てた海兵としては信頼している。この心配は親としてのものだと、あの父が頼りなく眉を下げて笑っていた。目にはうっすら涙が浮かんでいた。ロシナンテのことで涙する父を見たのはこの夜と、ロシナンテが死んだ日の夜。二度も泣かせるとは、なんて親不孝な息子だろう。





「おかきを……どうだ」
「いらねェ。早く話せ……」

瓦礫が散乱するなか、とある海賊の男と私たち父娘は一定の距離をあけて対峙した。
珀鉛病の少年を、自分だと言った男。私と父が想定していたことは、事実だった。

「おれはあの人から命も心も貰った! 大恩人だ!!」

この男を生かすために、ロシナンテは死んだ。
この男さえいなければ、ロシナンテは死なずに済んだ。
そうは思っても、恨みはない。この男を助けたのはロシナンテの意思。心やさしい、私がなによりも大切で大好きなロシナンテが選択した道だ。
死んだことは大失態だったけれど、どこまでも自分らしく在った彼のことを家族として、兄として、最愛の人として私は誇りに思う。

「トラファルガー・ロー」
「……なんだ」
「あいつ、ドジだったでしょう」
「……ああ」
「お調子者だったでしょう」
「……ああ」
「やさしかったでしょう」
「……ああ」
「彼を好きだった?」
「今も昔も大好きだ」
「うん、私も同じよ」


私が愛した男は、救いようもない馬鹿で、そして、どうしようもないくらい、優しい男だった


「ありがとうなァ、ナマエ。おれを家族にしてくれてありがとう」
「なんで、そんなこと言うの。家族なのにおかしいよ」
「でも言いたいんだ。おれは父さんと母さんと、おまえに、救われたんだ。本当に、ありがとう」



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