入港したのは昨日の午後。
今が朝方ということを除いても船内はいっそう静まりかえり、人の気配はほとんどない、どこか奇妙な空気が漂っている。
上陸となれば、宿をとって島内で過ごす者がほとんどだった。けれど自分はそういったことをしない。街で呑んだくれても、女を買っても、気が済めば船に戻り私室で眠る。これといって丘が嫌いなわけではない。海の上が落ち着く、純粋にそれだけだった。
甲板で寝起きの肺に煙を流しこみながら、島側の真新しい景色ではなく、海側に立って水平線を眺めていることにふと気付き、どこまで海に惚れているんだとひとり自嘲しながら食堂へ。そこも当然のように静かだ。
上陸中は船番たちの分しか食事は用意されず、それらは四番隊の当番が二名ほどで取りかかる。船番といっても少人数のため、普段のように早朝から仕事に取りかかる理由もない。
年季のあるやかんに入れた水が沸いたと同時に、入り口の扉が開いた。

「…………マルコ隊長? あ、やっぱり」

目を細めたナマエは、おれの姿を見て安堵したのか、はたまた家に帰ってきたことに安堵したのか、深く息を吐いて一番近いテーブルについた。まあ、後者だろう。

「コーヒー飲むか?」
「飲みたい、ありがとう」

小脇に新聞をはさみ、湯気がたつカップをふたつ握って厨房を出た。

「街はどうだった?」
「んー島自体は小さいけど、活気もあって人もお店も多いし都会的かな。みんなで楽しめたよ」
「ああ……恒例の女同士の集まりかよい」
「そ、まずちょっといいところで食事して日頃のストレスをおしゃべりで発散!」
「女ってのはどれだけ喋りゃ気が済むんだよい」
「それで二軒目に……ああ、でもそこまでいったらもう自由行動みたいな感じ」

ナマエはご満悦顔でほほ笑んだ。
海賊船に乗る奴らが丘に出れば、男であろうと女であろうとやることはそう変わらない。息抜きだったり、欲望を発散することも必要だ。ましてや、ここの女は見かけも気立ても上等な粒ぞろいたち。居合わせた男たちが放っておくわけがない。気の合ういい男が現れる度に、女たちはひとり、またひとりと消えていくのだろう。

「朝帰りってことは上等なの捕まえたんだねぃ」
「まあね。でも一緒には眠りたくないから、帰ってきた」
「それわかるよい」

普段よりも華やかに、けれど品よく着飾ったその姿。露わになった白い肌も、煌びやかな装飾品も夜の闇には映えるが、こんなにも爽やかな早朝にはどこか似つかわしくない。それでも、奔放に遊んで帰ってきたその様は嫌いじゃなかった。楽しそうな様子は見ていて自分も嬉しくなるし、誰も見ることのない姿を目にできる些細な優越感。

「……海の上がいちばん落ちつく」
「それも、わかる」
「マルコ隊長って早起きだからこういうとき必ず顔合わせるでしょ。帰ってきたーって実感して、それもなんか落ちつく」
「ナマエ」
「ん?」
「何しても構いやしねェが、ちゃんと帰れよい」

誰と酒を飲もうが、誰に口説かれようが、誰と寝ようがそんなことはどうでもいい。遊び歩いて、疲れ果てて、たとえ綺麗な装いが崩れても、どんなときも自分はその帰りを待とう。
素知らぬふりをして出迎え、あたたかい飲み物を差し出して、そうしてゆるりと自分の存在を植えつけていこう。いつか来ると願っている日のために。


結局最後は僕を愛しに帰っておいで



ヒラさんへ


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