「すみません、お酒は苦手なので……」
「いいじゃねェかァ。そこの酒場で、一杯だけだって」
「いえ、あの、本当に結構です」

うまく切り抜ける術がわからない。こんなことになるなら誰かと一緒に上陸すればよかったし、護身術のようなものでも習っておけばよかった、なんて後悔しても遅い。
終わりの見えない押し問答に、ついに声を荒げたのは私だった。

「も……いい加減にしてくださいっ!」
「チッ、見かけによらず物わかりが悪ィなァ! あァ!?」
「きゃっ! 離しっ……」

腕をつかまれて反射的に目を閉じる。
どうしよう、とさすがに危機感を持ったとき。

「おいおい、おっさん。ちーっと飲みすぎじゃねェの?」

聞き慣れた声に顔をあげると、酔っぱらいは顔面蒼白。それもそうだ、私をつかんでいるその腕が、サッチ隊長につかまれているのだから。
眉を八の字にして笑っている隊長とは対照的に、酔っぱらいは慌てふためきながらうでが痛い、悪かった、お願いだから離してくれと懇願し、解放されたとたん逃げるように路地へ消えていった。

「ったくしょうもねェことすんなっつーの……! 大丈夫か? 怪我してねェ?」
「はい……ありがとうございます……!」
「こういうのはガツンと言ってやったほうがいいぜ? 声が出なかったら、股間おもいっきり蹴飛ばしてやるとか。ははっ」

まるでヒーローだ。なんて言ったら大げさだと笑われるかもしれない。でも、このとびっきりの笑顔を見た瞬間、まっさきにそう思ったんだ。


美しすぎる愛は危険だ


「あの、その……お礼させてください! えーっと……そこの店で一杯どうですか……!?」
「…………プッ……ははは! それ、おかしくねェ? さっき酒は苦手だっておっさんに言ってたのに!」
「いやでもサッチ隊長はお酒好きだし……おかしい、ですかね……?」
「あーなるほど、気遣ってくれたのね。んじゃお言葉に甘えちまおっかなー」

ほっとしたのは、ピンチを切り抜けることができたからか。それともお誘いを受けてもらえたからか。たぶんどちらも、だ。
すぐ近くにあった大衆居酒屋に入り、適当な席で向かいあって座る。
おなじ船に乗っている家族、とても身近な関係だけれど、新入りナースの私と古株の四番隊の隊長。こうして、まじまじと顔を見ながらともに時間を過ごすことは滅多にないから、どこか不思議な感覚になる。それはどうやらサッチ隊長も同じらしい。

「毎日顔合わせてんのに、ナマエとこうしてゆっくり話すの初めてだよな」

やべ、あのおっさんに感謝しちまいそうだ。
おどけた表情でそう言うサッチ隊長に釣られ、笑みがこぼれる。
親しみやすい笑顔。豊富な話題。気の利いた冗談。細やかな心遣い。恋愛経験がない私にはもちろん、異性に慣れている女性でもきっと魅力的に感じるはず。そう思ったら急に、この目に映るサッチ隊長のすべてに胸が躍った。

何杯か飲んで店をあとにし、一緒に船への帰り道を歩けば歩くほど、妙に人の数が増えてどこか雰囲気が独特の活気にあふれてくることを感じる。どうやら今夜は、この島特有のおまつりが開催されているらしく、メインの広場は人だかりで混乱状態。ここを抜けなければ船に帰れないこともあり、少し離れた場所で私たちは一度立ち止まった。

「どうする? 人が減るまでどっか入って時間潰すか?」
「あー……片付けたい仕事があって……」
「まじか早く言ってくれよ! 付きあわせて悪かった……!」
「あ、それはちがいます!私がお礼したかっただけなので」
「それならいいんだけどよォ……」
「はい。私どうにかして抜けて帰るので、サッチ隊長はここが落ちつくまでどこかでゆっくりしていてください」
「え。おれも一緒に帰るよ」

気を遣ってくれているなら、大丈夫ですよと言ったものの隊長は、そんなんじゃねェからと笑って取りあってくれない。あまり拒否するのもおかしいので、じゃあ一緒に帰りましょうと意を決して人の群れに突入し、船を目指した。

「しっかしすげェ人だな……大丈夫か?」
「……なんとか……!」

楽器の軽快な音、人々の歌声、鮮やかに装飾された町並み、とても楽しそうな演出だけれど、押されながらやっと歩けるような人ごみだ。あとどれくらいでこの圧から解放されるのだろう、なんて考えていると意図しない方向に流されてしまいそうになり、はっとする。
とっに手を握って助けてくれたのは、やっぱりサッチ隊長だった。

「悪いな、ちょっとだけ我慢してくれよ」
「……は、い……!」

触れた手は急に熱をおびて、人ごみが気にならないほど意識もそっちに向いてしまって。

「……すっ……ごかったなー! 大丈夫か!?」
「はい……! なんだかすみませんでした」
「いやいや、いーのよ。おれも帰りたかったんだから」

人ごみを抜けて離された手が、少しさみしい。
他愛ないことを話しながら歩いていると、遠くに港が見えてきてもう着いてしまうのかと思ったら、あろうことか私は考える以前に口を開いてしまっていた。

「サッチ隊長って、恋人……とか、いるんですか?」
「ははっ、急にどうしたよー。サッチ隊長に惚れちまった? なーんてな!」
「………………え!」
「………………え!?」

最初に助けてくれたときから続いていた、不思議な気持ち。胸がはずんで、どこか落ちつかなくて、もっとサッチ隊長のことを知りたくて。はじめてのことでよくわかっていなかったけれど、そうか、これは恋。

「悪ィ、おれ変なこと言っ「や、あの、私こういうの初めてで、自分でもよくわからないんですけど、ほ……惚れた……かも、しれません……!」
「え…………!?」
「もし好きなひととかいなければ、少しずつでいいので、なんていうか……仲よくというか、親しくというか……してくれませんか……!?」

船に乗ってしまえば、もうこんなふうに二人の時間を過ごせない。なんだか寂しくて、惜しくて、なにか言わなければ後悔しそうな気になり、意を決してありのままの気持ちを伝えた。

「……昔話していい?」
「え……あ、はい……」
「おれさ、故郷にコイビトがいたんだよね。でもおやじの息子になって世界中旅して、あるとき不意に帰ってみたら……わかるだろ?」
「……えっと、すみません……」
「ははっ、そっかそうだよな。んーつまり、他の男と寝てるところを見ちまったわけだ」
「…………え!?」
「まァ応援してくれてたとはいえ、海に出て好き勝手して……放っておいた自分が悪ィんだけど。当時のおれは純粋で、しかもけっこう本気で惚れてたから、なんつーか……ショックでかくて」

それ以来、本気で誰かにのめり込むことができない。気持ちにセーブをかけるのだとサッチ隊長は軽い口調で話した。

「こんなことふだん言わねェし、言うつもりもなかったんだけどナマエがあまりにも純粋だからさー、あの頃の自分を見てるようでつい……」
「……本気にしなくてもいいです」
「……え?」
「サッチ隊長の、いいように扱ってくれてかまいません! 私が勝手に好きなだけですから、遊びでもなんでもいいので、」
「ナマエちゃーん……」

困ったように視線を投げてきたサッチ隊長。

「あのな。そんなこと、他の男に言ったら絶対にだめだ」
「……っ、……はい……」

うつむけば、ふわりと控えめに抱き寄せられる。
恋人にするようなものではなく、子どもをなだめるようなものということは、経験のない私にもわかった。

「……でも、ありがとな。こういう感じ久々かも」

こっちが本気にならない代わりに、相手が本気になってくれることも全然なかったから、と頭上から小さく聞こえてきた。

「なんつーかさ……今日からはそういうことに、前向きになれそうだ」



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