夏島が近い海域の、夜が好き。
窓のない狭苦しい私室を抜けだして甲板に出れば、昼間とはちがって、誰もいない景色と暑くも寒くもない心地いい空気が広がっている。
この海はぜんぶ私のもの!と宣言したくなるくらいの開放感。
そんな至福の時間最大の楽しみは、甲板中央に堂々と鎮座している大きな専用椅子。持ち主が私室にいるのをいいことに、ここを陣取って眠ること。

「おーおー羨ましいなァ。交代してくれよ」
「やーだよ。おやすみ」

ひそか、といってもこうして不寝番たちの目には入るし、きっと椅子の持ち主を含めた多くの者が、この行為を知っているはず。それでも咎められないのをいいことに、夏島が近づくたびにここで夜を過ごす。
広い座面にごろんと寝転がり、まぶたを閉じて風の音に耳を傾ける。海も、眠りについたように静か。そうして、なにげなく過ごしている日常に思いを馳せる。
不満なんてひとつもないほどに、充実した生活だと思っている。恵まれた環境のなか私自身強くなったし、守りたいものも増えた。
……でも、ときどきは誰かに甘えたい。
なるほど、だから私はここで眠るのか。それをわかっているから、誰も咎めないのか。



ふわりとした感触につつまれて、目が覚めた。
さだまらない意識のなか視界に入ってきたのは、鮮やかな赤い布。よく見慣れているはずのこれは、なんだったか。

「いいご身分だなァ、ナマエ」

まだ紅をひいていないイゾウが、いたずらな笑顔で覗き込んできたところで理解した。これは、彼がよく腰元に巻いている衣服だ。

「……ん、ありがと」
「まだ寝てな」

身動ぎすると、花のようなイゾウ特有の香りがふわりと漂った。
父の椅子に寝転がり、イゾウの服に包まれ、また大きな安息感を得る。

「…………たしかにいい身分かも」
「この船イチの贅沢者だ」
「ゼータクついでにさ、もうちょっと甘やかしてくれる」
「ここを陣取る船長命令ってやつか」
「そう」
「仕方ねェ……仰せのままに、船長」

冗談を言いながら、私の鎖骨下あたりに手を這わせたイゾウは一定のゆるやかなリズムで、そこをやさしくたたいてみせた。ちいさな子どもを寝かしつけるように、そっと、やさしく。
眠気で未だぼんやりした意識のまま、なんとなくイゾウを見てみる。
朝日を受けた横顔は波のようにきらきらと光り、漆黒の夜が似合う男だと思っていたけれど、なんでも絵になるんだと気づいた。気づいたら、ちょっとだけ胸が高鳴った気がした。

「…………癒される……わるくないね」
「いつでもしてやるよ」

その声は、瞳は、触れる手のひらのようにやさしく、おだやかに。
恋なんて特別なものではないけれど、愛みたいな特別なものは感じる。
心のわずかな隙間が埋まった気がして、ふたたびまぶたをそっと閉じた。


永い夜が終わるとき



おしぶさんへ


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