この世に生を授かった瞬間から死ぬまで、なにひとつ不自由なく生きていける豊かな人生。
他者からみた私の人生はそんな感じだろうけれど、私にとってなにひとつ不自由がないということこそ、もっとも不自由で、退屈だった。
永い夜が終わるときこのパーティーの主催者であり、権力者でもある父のそばで笑顔を振りまくのに飽き、輪からさりげなく抜けだす。そして大理石でできた螺旋階段をのぼり、誰もいない上階から高みの見物、とばかりに人で溢れかえるフロアの様子を眺めた。
おおきく大胆な造りだというのに、繊細でいて上品なきらめきを放つシャンデリア。最高峰のクリスタル・ガラスでできたそれは天井から、豪華に着飾った参加者たちをより輝かせていてとても美しい光景だった。
しかしそれは表面上だけで、あの微笑みたちの奥には醜い感情が存在することを、私は知っている。
「ナマエ様」
やわらかい声が届き、振りかえるとオレンジ色の髪と、黒髪の美女ふたりが歩み寄ってきた。
いま現在、ここは仕事に勤しむ使用人たちがたまに行き来しているだけで、客人たちはほとんど上がってこないというのに。
「本日はお招きいただきありがとうございました」
「ナマエ様にもお会いできて光栄です」
隠しきれない、ほんの少しの異質さ。子どものころから多くの人を見てきた私の目と感覚は、それを見逃さない。
こんなに美しいのだから美意識だって当然高いはずなのに、近くでよく見ると、ふたりの髪はわずかに痛んでいる。ケアの努力は見える。でも「しきれない」といったところだろう。
つねに潮風を受ける海兵、もしくは海賊だから。
「ご丁寧にどうもありがとう。父の財宝は反対側の建物の地下よ」
笑えばオレンジ色の髪の女性がぎょっした表情になり、あからさまなその反応に笑ってしまった。
「海賊のほうだったかぁ」
今度はふたり揃って怪訝なものに変わり、一歩下がって私から距離を取りだす。
「なにも知らないのんきなお嬢様だと思った? だから近づいて、情報でも引き出そうとしたんでしょ? 心配しないで。誰にも言わない」
「…………信用できるとでも?」
「ハイテクなセンサーもないし、はっきり言って警備は甘々。門前の護衛ふたりと鍵さえ破れたらお宝はあなたたちのもの。信じる信じないはご自由にどうぞ」
黒髪の彼女はともかく、オレンジ色の彼女はとてもわかりやすい。ぱっと晴れやかな顔をしながら小さく身体を跳ねさせた。
「……大丈夫よ、ロビン! むしろラッキー! 話が早くて助かったわっ」
「あなた、何故そこまで……」
「きっと金持ちの暇つぶしでしょ! 贅沢三昧で羨ましいわぁ。そうだ、あんたにもうひとつ頼みがあるんだけど聞いてくれる?」
「宝の場所まで教わったあげく頼みごととか、贅沢なのはどっちよ」
「まあいいじゃない。実はうちの船長も一緒に来たんだけど、はぐれちゃったのよね」
食べ物探してるはずだから、もし見かけたら騒ぎを起こさないように上手く扱っておいてくれる、とキュートなウインクが飛んできた。そして船長とやらの特徴を何個かさっと挙げて、じゃあ私たちは行くわと颯爽と立ち去っていく。
海賊ってみんなこういう感じなの?なんて疑問を抱えつつ、使命を課せられたことでちょっとした高揚感を得てしまい、辺りを探索してみる。
しばらく歩いていると、おおきな柱のところに人影が見えた。さっきの私と同じように手すりにもたれて、招待客であふれる下のフロアをぼんやりと見つめているその姿。腹減ったあ、と間延びした声がかすかに聞こえてきたし、挙げられた特徴も一致している。
「ねえ、おなか空いてるんでしょ?」
「……誰だぁ?」
「奥のダイニングで食事だしてあげるからついてきて」
「えっ本当か!? 飯食わせてくれんのか!? 行く行く!」
変わり身のはやさは海賊の特徴なのかもしれない。いや、黒髪の彼女は最後まで警戒していた様子だったか。
途中すれ違った使用人にもっともらしい理由を述べて、食事を用意するよう指示を出す。
目的の場所に着いて扉を開けば、40人は座れる長いダイニングテーブルがいつもと変わらず偉そうに、堂々と鎮座している。今夜の使用予定はなかったため、カトラリーが並んでいないところがまだ控えめだ。
「すっげェ! ビビんちよりキラキラしてる!……お前も王女か?」
「まさか」
「ふーん。じゃオジョーサマか」
たいして興味なさそうな言い方だった。その証拠に、あーそれにしても腹減った、どんなうまいもんが出てくるんだ、など食事への楽しみを募らせている。
こんなに広い空間にあるおおきなテーブルだというのに、座っているのは私たちだけ。いつもはどこの誰か知らない人々や、探るような顔つきで薄っぺらい会話をする人間ばかりだから、こんな状況は新鮮だった。
「さっきあなたの仲間に会った。海賊なんだって?」
「おう! おれはルフィ、海賊王になる男だ! お前は?」
「ナマエ」
「ナマエお前いい奴だよなァ。会ってすぐ飯食わせてくれるなん……はっ……!」
突如両手で口を封じて、しまったという顔で目を泳がせる。事前に「正体をバラすな」とでも言われていたことを思い出したんだろう。
「大丈夫だよ。話は聞いてる」
「ん……?」
「父の宝を狙ってるんでしょ? あの美女ふたりに場所をおしえてあげたの」
「んん……?? おしえた……? なんでこの城のオジョーサマが協力するんだ?」
「父が悪いことをしてるのは知ってる。それで得た財宝を海賊が奪うなんて、おもしろそうじゃない」
「? こんなに贅沢な暮らししてんなら、おもしれェことなんてたくさんあるだろ」
「ない。あるのは醜い嫉妬、憎しみ、裏切り、そういう汚いものだけ。私はぜったいにあんな大人にはならない。いつかこんな場所抜け出してやるわ」
「よくわかんねェけど、抜け出してどーすんだ?」
「誰も私を知らない場所で、行ったことのない場所で、自由に生きるの」
得意げに笑う私とは反対に、彼は真顔でじっと私を見据えた。
「なにも知らないお嬢様のくせに」「ひとりでどうやって生きるんだ」なんて小馬鹿にするか呆れるか、はたまた哀れみのような感情を抱かれているような気がした。
それを払拭するため、私はもっと得意げになって続ける。
「それに私ちょっとした能力持ってるのよ。ほら……」
「えっ……うおおおお! すっげェ!! 悪魔の実だよな……!? どうなってんだそれ!?」
「ふふ、ないしょ。これがあれば自分の身くらいは守れるしねっ」
「よし、んじゃ今すぐ抜け出そう! おれの仲間になれ!」
立ち上がって、私の腕を掴んだと思ったら走り出すから、心底驚く。さっきまであんなにお腹を空かせて食事を待っていたというのに、本当に変わり身がはやい。
「ちょっ、待って……!」
「ん? あ、飯食ってからにするか?」
「いや、そうじゃなくて……その、同情されたくて言ったわけじゃないから!」
「……ドージョー? おれ別にお前にドージョーなんてしてねェぞ?」
「え……じゃあなんで誘ったの」
「お前の能力がおもしれェから」
あっけらかんと答えた彼に唖然としてしまう。これはあの美女たちも、相当苦労しているのが見える。
「海賊、楽しいぞ! 海は広いし冒険もできるしなにより……自由だ!! ししし!」
フォーマルスーツに身を包んだ青年は、この仰々しいほどの煌びやかな場所で少年のように笑っている。
どこまでも無邪気で無垢なそれに、私がなによりも望んでいる自由をみた。
「お宝じゃなくてお嬢様奪ってどーすんのよ! 言っとくけどうちはビンボー海賊よ!? お嬢様あんた耐えられんの!?」っていうナミの叫びが目に浮かぶ。
アズマさん、参加ありがとうございました。そしてお待たせしてしまい申し訳ございませんでした。
フォーマルな雰囲気×ルフィの少年らしさ、のミスマッチ感とのリクでした。はじめてルフィを書くのですが、わりと書きやすかったです。知的キャラじゃないからかな……!?
どんなきっかけがあれば、ルフィに唐突に仲間に誘われるのかと考えたとき「おもしろい能力を持っている」というのがいちばんしっくりきたのでそうしました(笑)
すてきなリクエストをありがとうございます。とても楽しかったですヾ(*´∀`*)ノ
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします!