ちぐはぐな歩幅がどこまでも恨めしくて、
だけど隣にずっと居たくなる



どこまでも続く真っ白なこの世界、辺りを見まわしても何もない。
自分はいつから此処に、どのようにして辿りついたのか一切を記憶していない。


「この傷って、砲撃されたときにできたの?」

背後の声と気配は突然現れ、わずかに心臓が跳ねる。
油断はしていなかった。むしろ飲み込めない状況に置かれたことで、神経はこれ以上ない程に研ぎ澄ましていた。
しかし不思議なことに、背後のそれには殺気の欠片も感じない。ますます自分の置かれた状況が分からなくなる。

「何のつもりだ」

背を向けたまま、威嚇する。相手の質問には答えない。
振り返ったそこにはひとりの女が佇んでいて、怯む様子もなく何てことのない表情をしている。

「あなた、兵士ぜんぶ殺しちゃったんでしょ? すごいね」

何故おれを知っている。貴様は何者だ。ここは何処だ。
またも質問に質問で返そうとしたところで見慣れた天井が映った。

安堵を覚え、それに気づいて自嘲する。夢ごときで自分は一体何を。
つい先日受けた背中の傷が痛んできたため、深い呼吸をしながら目蓋を軽く閉じた。
あの日から、周囲の自分を見る目はそれまで以上に変わった。上層部からは行き過ぎた手段だと指摘された。悪魔でも見るようなそれや、おれがしたことは悪だと遠回しに否定してくる言葉。
女が最後に発した台詞は、そのどれにも当てはまらない。咎めるわけでも、ましてや嫌味でもない。声も表情も無邪気に弾んでいて、どう捉えても純粋に称賛を送っていた。
そんな評価をされたのは初めてだった。


「ルッチ。また会えたね」
「……また貴様か。何者なんだ。能力者か。何故おれを知っている」
「あなたがそれを知ったところで、なにか変わる?」

女は、部屋で眠りに就いた日には必ず現れた。
自分のことは何も語らない。それなのにやたらとおれに興味を示す。しかし不思議と居心地は悪くなかった。
常に気を張りつめて生活する日々、苦痛ではないが窮屈だと感じることは多々ある。それがこの時間だけは、心が解放されるような気がして自分にしては珍しく、饒舌とまでは言えないがよく喋った。できるならずっとこのままでいたいと思ったことさえあった。
最早夢なのか現実なのかよく分からない。ただ、気付くと必ず自室の天井が映る。背中の傷もひどく疼いている。それに、さっきまで向かい合って言葉を交わしていた女の顔がまったくと言っていい程に思い出せない。記憶に残っていないのだ。
つまり夢なのだろう。


「……お前はおれが怖くないのか」
「怖い? どうして?」
「他の奴らはおれを変な目で見る。海兵の下っ端どもなんかは視線も合わせない」
「あはは」
「あの日の任務は完璧に全うした。それなのに……」

何故恐れられる?何故非難される?わからない。この上なく完璧に、いや、それ以上に、今後の脅威も排除するというおまけまで付けたというのに、何故。自分は悪なのだろうか。そんな筈はない。

「……はっきり言うと正義なんてものは今のおれにはよく分からない。ただ悪だけは分かる」

悪は、弱き者だ――。


「うん。まわりの目なんて気にしなくていい。ルッチは自分の思うままに堂々と生きればいいよ」

そう無邪気に笑う女がおれの前に現れることは、この日を境になくなった。傷が疼くこともなくなった。戸惑いや青臭い悩み、不安なんてものは指先に乗せて血で洗い流す。
年月が経ち、少年から青年になったおれを恐れる者は増えていく一方だった。しかし自分の思うままに生きるのみ。そう覚悟を持ったおれは、恐いものなどなくなっていた。



「ッアアアアッチィ!! ちくしょう!」
「セクハラです。はやく話を進めてください」
「火傷しただけで!? くっそ……まあいい、それでなんの話だったか」
「ウォーターセブンへの長期任務に備えて」
「ああそれだ。で、任務に備えてCP9に新メンバーを加えることになった。途中加入は異例だが、実力は紛れもねェ。おい! 通せ!」

兵士が左右から扉を開けると、そこにはひとりの女。

「ナマエです。どうぞよろしく」

愛想がいいわけでも、無愛想でも、どちらでもない。いたって普通の表情と声でつかつかと歩きながら名乗り、空いた席についた女はその後任務に向けての打ち合わせに参加した。

「以上、今日はここまでだ。解散……ってアッチイイ!!」

席を立つと新入りが道を塞いだ。
精々足手まといにならないようにするんだな、と意地の悪い忠告をしようとしたが、どんな女か分からないこの時点で面倒を増やしかねない発言は控えておこうと思い留まった。


「事前に資料見せてもらったんだけど、」

唐突に喋りだした女の口角は上がっている。思ったより愛想はいいのかもしれない。

「あなた兵士ぜんぶ殺しちゃったんでしょ? すごいね」

まっすぐ向けられたそれはあまりにも無邪気で、そんな筈はないというのに背中の傷が疼く。それと同時に蘇る、少年時の記憶。
どうやっても思い出せなかった女の顔が、目の前のものと一致した気がした。
会えなくなってからしばらくは、あの時間が、あの関係が、無性に恋しくなることがあった。また会えることを望んだのか、眠くもないのに無理やり寝てみようとすることもした。幼かった自分のことだ。心の拠り所を求めていたのだろう。


「……貴様は……、」

何者だ。とあのときのように問おうとするも、それも思い留まる。知ったところで何か変わるのかと返されそうだ。
かすかな喜びを感じるおれは、ここまできてもまだ心の拠り所を求めているというのか。


あとがき&ユキさんへ


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