ドレスを脱いだ私も愛して

The best revenge is massive success.

―― Frank Sinatra
最高の仕返しとは、とんでもない成功を収めることだ。



翌日からヨーロッパで撮影が入っていた。その打ち合わせをオフィスで済ませてもフライトまで時間があったため、そのままソファでリラックス。
お馴染みのスタッフたちは仕事に追われていて、ひとりきりで放置された私は、退屈に押しつぶされそうだった。


「エマ。ちょっといいか?」
「ベック! いいよいいよ」

ちょうどひましてたんだーと迎え入れると、ベックのうしろから見知らぬ人物がついてきた。新しいスタッフか仕事先の人間だろうと思いながら、挨拶のために立ちあがる。

「新しい仲間を紹介する。セキュリティの、」
「シャンクスだ。よろしく!」

人なつっこい笑顔だ。目元の傷は、いまの私にサッチを思わせる。

「はじめまして! エマよ。新しいスタッフなんて久しぶり!」
「おまえの仕事が増えたからな。ちなみにおれの先輩にあたる人だ」
「あまりにも優秀なんで引き抜かれちまってな! ははっ!」
「それ自分で言うか? まったくあんたは……」
「エマの側近になれるなんて夢みてェだよ」
「なに、私今日から貴族にでもなるの?」

笑いあって握手を交わした。

「見てのとおり腕は一本。義手はつけない主義でな。まっ、でも仕事は完璧にこなすから心配すんな!」
「あんたなァ……自分で……」
「腕の本数なんて関係ない。ベックの先輩でベックに引き抜かれたなら心強いよ。よろしく!」

トップスターの器だな、と褒め言葉を残してシャンクスは部屋をあとにした。となりに腰をおろしながら、ベックは煙草に火をつける。

「ありゃおれが唯一頭が上がらない男だ」
「ほんとに?」
「ああ。腕っぷしもあの人には敵わねェ」
「ベックがそこまで……ああ、うん。たしかにオーラがあるわ」
「だろう。今日から同行だ。よろしくな」
「こちらこそよろしく」

言い終わるか終らないかのところで、テーブルに置いていたスマートフォンが震えたので、なりふり構わずものすごい勢いでそれに飛びついた。
電話番号を渡してから約12時間、いまだに彼からのコールはない。
見れば、ママからのメッセージだった。

「なにがあったんだ」
「なにが?」
「朝からそれが鳴るたびに目の色変えてるぞ」

握っていたiPhoneを煙草と顎でさすベック。

「確認したあとには正気が抜けたツラしてやがる。男だろ」
「ベックも一般人はやめとけって言うの?」
「言わねェさ。おまえが幸せになれるなら誰でもいいと思ってる」
「ベック愛してる……!」
「ただルッチやマルコの気持ちもわかってやれ。おまえを守ろうとしてるんだ」
「うん。……待って、じゃあベックは守る気なしってこと?」
「そんなわけねェだろ」

いじわるな質問にも即答してくれるのが嬉しくて、その大きな体に手をまわす。
幼いころに両親が離婚した私にとって、ベックからは父のぬくもりのようなものを感じている。本物を知らないけれど、たぶんこんなふうに心が休まって、安心する存在なんだろう。

「お。電話鳴ってるぞ」
「きっとママだよ。返事ないからってもう……!」

悠長なことを言いながら体を離して確認すると、画面には見知らぬ番号が。それがなにを意味するかは、女の勘というやつでわかった。

「うそでしょサッチだ! どうしようかかってきたベックどうしよう……!」
「……。それを待ってたんじゃねェのか」
「オーケィ大丈夫落ちついて……! 息をするの……! 自分で騒いで自分で落ちつかせるんだから世話ないでしょう!?」
「…………」
「……よし、でるわ」

つとめて冷静に、かつ明るく。第一声は裏返らずにクリア。
待ってましたとばかりにすぐ出るのはどうなの、と思ったけれど、変なかけひきをしたって仕方がない。恋愛は素直になるのがいちばん。
……と思いたい。神様……!

「サッチだ。昨日はありがとなー!」
「こちらこそありがとう! 楽しかった!」
「いま大丈夫か? 仕事中?」
「ううん、オフィスで打ち合わせ終わって、そのままのんびりしてたところだよ」

からかう視線と口元を歪ませるベックに手を向け、ドアへ導くジェスチャーを送った。娘だってたまにはこんな日もある。

「マジか良かった! 生活サイクルがまるで想像つかねェから、いつかけるべきかって悩んでたんだよ。アナ・ウィンターとの打ち合わせ中にかけちまったらヤベェな、とか」
「あはは、大丈夫!」
「はは! あーっと、そんでな、まァそのなんだ……さっそくだけど、今度いつ空いてる? 食事でもどうかと思って」

いつでも大丈夫!!今夜にでも!と言いたいところだけれど、午後からヨーロッパだ。帰ってくるのは5日後、それからも数日は夜遅くまで、スケジュールはぎっしり。

「来週の月曜なら大丈夫だよ!」
「……っしゃ! んじゃ19時に迎えに行くわ!」
「ありがとう。家は知ってる?」
「カメラが群がってるところだろ?」
「あはは、あとでメッセージ送るね」
「おう、よろしくな!」

湧きあがる喜びを抱えつつ、ひとつ聞いておきたいというか確認しておきたいことがあった。いまの私にとって、なかなか避けては通れない道が待っているから。

「あとね、その……」
「どうした?」
「誘わせておいて悪いんだけど……私と行動すると、」
「パパラッチか?」
「そう。撮られるだけじゃなくて、その、サッチ自身もあることないこと騒がれる可能性も、」
「ンなのぜんっぜん気にしねェ」

ま、エマに不都合がなければの話だけどな、と笑ったその顔はたやすく想像できる。私の答えも「そんなの全然気にしない」サッチと同じだ。
用件も済んだので、じゃあ楽しみにしてると言いあって通話を終えた。
イエス!と連呼して、拳を掲げながらソファで飛び跳ねるのをガラス越しにシャンクスに見られていたことなんて、どうでもいい。



◇◇◇



「エマ、調子はどう!?」
「すごく良い!」
「向こうでオフはあるの!?」
「それがほとんどないの……!」
「なんだかいつも以上に気分が良さそうだね!」
「うん、すごく」
「ははは! それは良いことだね!」
「気をつけてね、いい旅を!」
「ありがとう。いってきます!」

見送ってくれたカメラマンたちに、最後は立ち止まるサービスを。
搭乗、離陸を終えベルト着用サインが消えると、ほどなくしてシャンクスが姿を見せた。

「気分は?」
「最高」
「まァさっきの様子見りゃそうだな」
「それ今すぐ記憶から抹消して」
「ははっ!」
「座ったら?」
「おう、悪いな」

この流れでおしゃべりをはじめたせいか、気づいたときにはサッチの話題で盛りあがっていた。
ベックが連れてきた人物、という信頼ももちろんある。でもそれ以上に、シャンクスは人の心を開かせる、なにか特別なものを持っているような気がした。


「へェ、運のいい野郎だなァ。世界一の女を手に入れたも同然だ」
「良いことばかりじゃないよ。一度業界人じゃない人と付きあったけど、」
「あーっと……確かIT系の若社長だったか?」
「それそれ。彼も最初はなにも気にしないって言ってたんだけど、どこに行っても追いかけられることにだんだん嫌気がさしたみたいで」
「なるほど」
「最後は喧嘩別れだった」
「あのときメディアは、エマが奴を切り捨てたって流してたけどまさか……」
「ははっ捨てられたのは私だよ。でも原因をつくったのも私だから、仕方ない。今でも彼には申しわけなかったと思ってるの」

べつに悲劇のヒロインぶるつもりはない。
自分で望んだ世界。その結果の環境だ。

「当時は……十代だったか?」
「うん」
「つらかっただろうに、よく反論もしねェで乗り越えたな。立派だ」
「ありがとう」

今回もまた同じ思いをするかもしれない。そしてサッチを嫌な気持ちにさせてしまうかもしれないことが、今の私はなによりも怖かった。


「まっ、エマが負い目を感じることはねェよ」

気持ちを見透かしたのか、シャンクスはまっすぐに私を見つめる。

「この名言を知ってるか? 最高の仕返しってのは、とんでもない成功を収めることだってやつ」

理不尽な思いをたくさんしてきただろうし、これからもそれは続く。残念だがそれは成功の代償なんだ。でもこのまま突き進んで、いま以上の仕返しをしてやればいいさ。と、シャンクスは力強い視線をぶつけてくる。

「よく聞いてくれ。おれはこの先なにがあろうとエマの味方をする。仕事だからってわけじゃねェぞ。エマが思ってたよりずっと普通の、良い子だったからだ」
「シャンクス、」
「なにより好きな奴からの電話だけであんなに浮かれてるの見ちまったらなァ! はははっ!」
「だからそれは抹消してよっ……!」

シャンクスが持つ、不思議なものが少しわかったような気がする。このひとの大きな心には愛というやつがたくさん詰まっているんだ。そしてそれを惜しみなく分け与える人なんだ、と。
ベックが「唯一頭が上がらない男」だと言っていたことに、私ははやくも納得した。


to be continued.

Afterword


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