ドレスを脱いだ私も愛して

The first symptom of true love in man is timidity, in a girl it is boldness.

―― Victor Hugo
真の恋の兆候は、男においては臆病さに、女は大胆さにある。



「エマは口にしないモンとか結構あるんだろ?」
「ううん、ないよ。そういうの徹底してない」
「サッチ気にすんな。こいつはなんでも食う。ひどいとおれの分も横取りするような奴だから」
「マジか意外。わたしチアシードとサラダ以外なにも口にしない! ってタイプかと思ってたわ」
「あははっ、ないない」

たとえば、ショウや撮影前に暴飲暴食なんてことはしないけれど、基本的には好きなものを好きなだけ好きな人たちと食べるのが私の幸せのひとつ。それをふだんから、徹底して制限するなんてことはなかった。もし食べすぎたらそのぶんどこかで調整して、ワークアウトに力を入れればいいだけ。

「その体質に仕上げてくれた両親に感謝だな」
「やめてイゾウ。仕上げただなんて気持ちわるい言い方しないでよ」
「ははっ」


ジャンクフードがいい!とリクエストしたイゾウには、肉厚ステーキやフライドポテトなど、この街定番の品が。おまかせした私の前には、ほうれん草が添えられたグリルサーモンが。
これなら低脂肪低カロリーだろ?と、気にしないでと言ったにもかかわらず、見せてくれた気遣い。他にもトマト・レッドオニオン・ウォールナッツ・パプリカ・ブロッコリー・セロリなど具沢山のチョップドサラダや、おつまみのピンチョスなどがあっというまに並んだ。
ひと仕事終えたサッチも私たちの向かいに腰をおろして、グラスをぶつけあう。

「改めて自己紹介でもするか」
「おっ、いいな! んじゃエマから聞かせてくれ」
「知ってるから必要ない、って言わないの?」

からうように問いかけた。
こういった場面では、ウィキペディアを見れば一発だとか、そんなジョークが大抵飛びかう。それなのにサッチは、メディアの発信がすべてじゃないと思ってるから本人の口から聞きたい、と言いだしたので私とイゾウは、驚いて目をあわせた。
業界人ではない、知りあったばかりの人が私たちをモデルのエマ 、俳優のイゾウではなく、ひとりの友人として接してくれることが嬉しかった。
なにより、まっすぐで裏のない笑顔が嬉しかった。


「名前はエマ。本名よ」

出身や生い立ち、これまでのエピソードを時折ジョークを入れながら話した。
イゾウはすでに知っているため、オチを先読んで笑ったりしていたけれどサッチは興味深そうな視線を、ずっと向けてくれていた。

「最後に、現在恋人募集中」
「おお!」
「おいエマ。ちなみに最近、例の男と別れたのはおまえの浮気が原因だって一部騒いでるよなァ」

真実を知ってるくせに、わざわざサッチの前でなにを言いだすのかととなりの肩を殴りたくなったけれど、すぐにそれはイゾウなりの気遣いだとわかった。
あれはまったくのでっち上げ、と言えば、ほらなメディアの発信がすべてじゃないだろ、とサッチは得意げに笑う。
ほんとうに笑顔が絶えないひとだ。天真爛漫なものから、いたずらなもの、淑やかに口角をあげるものまでバリエーションは幅広いというのに、どれも共通してあたたかさに満ちている。なんだか、どんどん惹きこまれているような気がしてならない。


「次はサッチだ」
「おう。名前はサッチ。本名だ」

私とイゾウはくすりと笑う。

「両親の顔は見たこともねェ。生きてるのか死んでんのかもさっぱりだ。どうしようもなく荒れてたころ、今のおやじに拾われた。血は繋がってねェけどおれの父親はおやじだけだと思ってる」
「素敵ね」
「だろ? おやじも料理人なんだけどな。いい歳だし体力の限界だっつって今は隠居生活よ」
「で、親父さんの代わりにおまえがこの店守ってんのか」
「そーいうこと!」
「元々料理は好きだったの?」
「偶然にも子供の頃からの夢だった。知ってるか? うまい料理には人をとびっきりの笑顔にする力がある。心を満たす力があるんだ。だからおれはそういう料理をつくる奴になりてェのよ」

濁りひとつない目を細めて、にかっと笑う姿に釘付けになった。不思議なことに彼を見ていると、なんだってできそうな気持ちになる。
ねえ、それもわかるけど、あなたの笑顔には私の心を満たす力があるよ。と思ったのはもちろん秘密だ。
全員自己紹介がおわり、他愛ない話に華を咲かせること数時間。時刻は日付が変わるころになっていた。
そろそろ帰ろうかと言いだしたとき、イゾウが電話で外に出ていったので、その瞬間私は最後の勝負だ、と行動にでた。

「サッチ、ペンある?」
「ペン? ちょっと待てよー」

レジ横のペン立てから抜いて、手渡しながらまた向かいに座ったサッチ。私は目のまえにあった真新しいナプキンを一枚取り、数字を並べた。


「これ私の番号。電話して」

なんてことない顔をしているけれど、この心臓のスピードといったら。

「ん? おれに?」
「うん」
「エマが? プライベートの番号?」
「うん」
「…………あー……その、わりィ、無理……」

さいあくだ。もしかして恋人が、いやまさか既婚者……!?たしかにパートナーの有無を確認してなかった。私ってば、自分のことばかりで相手のことも気にせずこんな出すぎたマネをして、恥ずかしすぎる。さいあくだ。


「さっすがに平常心抑えらんねーわ……!」
「……え?」
「本当はな、心のなかで大騒ぎしてた。エマ!? イゾウ!? うそだろ!って」
「え、あ……そうなの? 全然そんな感じしなかった」
「隠してたんだ」
「……どうして?」
「エマもイゾウも、そりゃトップスターだけど……同じ人間だ。騒がれることにうんざりするだろうし、またこの反応かって他の奴らと一緒だと思われたくなかった」

申しわけなさそうに話すのを見て、ああ私が見たいのはこんな顔じゃないと強く思う。

「でも普通に接してくれたことは事実でしょ。私はすごく嬉しかった。もちろんイゾウも同じように思ってるよ。本当にありがとう」
「……良かった……! あっ、でも初対面で気づかなかったのは本当だからな!?」
「あはは、うんうんわかってる」

ドアを開ける音がしたので、イゾウに気づかれないよう「電話してね」とささやいて笑った。
サッチもほほ笑みながら軽くうなずいて、ナプキンはポケットへと滑りこんでいく。




◇◇◇



イゾウとお店を後にし、1ブロックほど歩いたとき。ここまで離れたら彼に聞こえることはない。

「アーーーッ!!」
「!? おい、突然なんだよ」
「イゾウが席たったあいだにサッチに番号渡したのあーもう緊張したっ! 心臓が爆発して死ぬかと思った!! だめ! 思いだすだけでぶっ倒れそう……!!」
「…………エマ。おまえなァ、」
「電話くるかな!? こなかったらどうしよう……! ねえちょっと待って、電話くるまで毎日こんな気持ちで過ごさないといけないの!? あっ逆に番号聞けばよかった……!」

それにしても「悪い、無理」のあとは血の気が引いた。ずるい。サッチずるい。無意識だろうけど、一回落としてから上げるなんて、シンプルかつもっとも効果のあるテクニックだ。

「うわ、エマとイゾウだ! いつも応援してるんだ、写真いい!?」
「もちろんだ。おいエマ」
「絶対これ電話くるまで落ちつかないやつじゃん……! あーどうしよう……!」
「…………。あー悪い。こいつは立てこんでるから、おれとでいいなら」
「もちろん! ありがとう!……エマ大丈夫?」
「見ないほうがいい。巻き込まれるぞ」

数ブロック歩いて、やっと平常心を取りもどした。タクシーはまだつかまえない。この、騒ぎに騒ぎまくった心を、もう少し大都会の喧騒にまぎれこませていたかったから。

「まァでも、好きになっちまうのはわかるよ。いい奴だ」
「好きとかじゃない。まだ」
「まだってなんだよ」
「だって彼のことよく知らないし」
「知らないと好きになったらいけないのか?」
「そうじゃないけど……でも、相手のことよく知らないのに好きになるっておかしくない?」
「おかしくないさ。惚れた腫れたに理屈なんてもんはいらねェよ」
「なにそれかっこいい」

女ってのは普段感情的なくせに、肝心なところには理屈をくっつけたがる。素直になったほうがいいぞ、とイゾウは笑った。


to be continued.

Afterword



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -