ドレスを脱いだ私も愛して

Beauty begins the moment you decide to be yourself.

―― Coco Chanel
美しさは、あなたがあなたらしく居ることを決めた瞬間、はじまる



「お待たせイゾウー! この前はありがとね」
「おう、良いショウだったよ。撮影がなけりゃ途中で抜けなくて済んだんだけど、悪かったな」
「ううん、忙しいのに来てくれて本当ありがとう」

彼女の親友イゾウは、アジア某国の伝統芸能一家出身で、現在はこの国に拠点を置いて活躍する人気俳優だ。
売り出しのころはインタビューなどで、伝統を重んじる世界に生まれたというのに若くして海外で暮らし、ましてやその地で俳優になることが許されるのか、といった疑問の声が何度も出ていた。そのたびに本人は、兄が何人もいる末っ子だから自分ひとりいなくても大丈夫。自由に憧れてこの国に来た。そこでなにを夢みて何者になろうと自由だ。そういつも清々しく答える姿は人々に好感を与えていた。
不遇な時期もあったようだけれど、長年の努力が実り今やこの国で彼を知らない人はいない。その証に、二人が座ったテラス席の向こうには彼を追いかけるカメラマンたちが。きっとすぐにエマを追いかける奴らも集まり、数は倍になるだろう。


「きっかり1時間だって。マルコがうるさくてさぁ」
「聞こえてるよい」

エマのスタッフとイゾウのスタッフは、すぐうしろの席に座り談笑している。

「仕方ねェな。おれも仕事入ってるし」
「あ、そういえばこの前ロビンと撮影一緒だったんでしょ? 元気だった?」
「ああ。例のオーストラリア長期ロケ、来週末に出発だって言ってた」
「もうそんな時期かー。あ! ロケ始まったらさ、サプライズでかけつけない?」
「そんなヒマねェよ」

エマがエンジェルズに加入する直前にふたりは知りあい、そこから仲を深めていまや自他ともに認める大親友だ。もちろん当初は噂され、数々のツーショット写真と仲を疑う記事が並んだけれど双方が否定し続けた結果、やっとただの友人だと世間に信じてもらうことができた。


「あーそれにしても最近旅行行ってねェな」
「このまえ日本に行ってたじゃん」
「旅行じゃなくて里帰りな」
「私も行きたい!日本て本当大好き!」
「招待するよ。スケジュールが合えば、だけど」
「イゾウに合わせるよ」
「どうだか。まァこれでおまえの人気が落ちてくれりゃ予定も合いやすくなるけど」
「不吉なこと言わないで」
「冗談だ。きっとエマは上手くやれるさ」
「やれなかったらカブキの世界に入れてもらえるように、ご両親にお願いしてくれる?」
「ははっ、ありゃ男しか入れない世界だ」

友人との楽しいランチタイムは、あっというまに過ぎてしまうものだ。
それぞれ仕事に向かうため店を出る。外で待ち続けていたカメラマンたちは一斉にシャッターを連写した。

「イゾウ、エマ!」
「二人、こっち向いてくれるかい!」

ふたりは寄り添い、ほんの数秒だけ立ち止まってカメラに視線を向けた。

「楽しいランチタイムだったかい?」
「おかげさまでな」
「ありがとうイゾウ、午後も頑張って!」
「エマ、今夜のトークショウ楽しみにしてるよ!」
「うん! 私も楽しみ」
「二人とも撮らせてくれてありがとう。良い一日を!」



◇◇◇



司会者とゲストが一対一で繰り広げる、生放送の人気トーク番組。
タイトシルエットのシックなワンピースに身を包んだ彼女は、真紅のソファに座りリラックスした様子で司会者とのおしゃべりを弾ませていた。


「なぜ人気絶頂でエンジェルを辞めようと?」
「今がキャリアアップのときだと思ったの。ありがたいことに、契約更新の打診はもらったけれど……大きな組織を抜けた自分になにができるのか、挑戦したい気持ちが強かった」
「周囲から反対はされなかったの?」
「されたし、批判もあった。まだその時期じゃない、自分を過信している、その場所にいるからこそ今の人気があるんだ、着せ替え人形になにができる、って」
「みんな厳しいわね」
「ほとんどが私を心配してくれての意見だと感じたけれど、着せ替え人形には正直少し傷ついた。でもすぐに、着せ替え人形? バービーみたいで素敵!って思ったわ」

どっと沸いて、スタジオは拍手で埋まった。その後も和やかな空気で今回の決断についての質問が続く。

「辞めることは、恋人のジェイには相談した?」
「彼には事後報告だった。それと初めて話すけど……私たち先月別れたの」

今度はどよめきが。いっきにシリアスな空気に変わるスタジオ。司会者は、まさか自分の番組でそんな公表をされるとは思ってもいなかったのだろう。呆気にとられた表情を見せながらも、インタビューを続けた。

「ビッグカップルが別れたなんて……正直いまとても驚いてるわ。理由を聞いても?」
「ええ。簡単に言えばすれ違いかな。向こうはワールドツアーで忙しかったし私もラストショウの準備に追われていたから。話しあって、離れて良い友達でいた方がお互いのためだって結論をだしたの」
「今でも連絡を取ってる?」
「必要さえあればね。パートナーではなくなったけど、私は彼の仕事や私生活が上手くいくようにいつだって応援してる」
「そう……また追いかけてくるカメラが増えるわね」
「あはは、そうね」

インタビューは多岐に渡った。仕事や恋愛のことはもちろん、生い立ちや普段の生活、親友のイゾウについても。ときにユーモアでスタジオを沸かせながら彼女はありのままを語り、まもなく放送終了の時間となる。

「じゃあ最後に少し厳しい質問をしてもいい?」
「もちろん!」
「エマ。あなたは歌手や女優とは違う、モデルだわ。年齢を重ねても続けるのははっきり言って大変な世界よ。今は若くて抜群の美しさとプロポーションを持っているけれど、そのあたりについては長い目でみたときにどう考えているの? このまま生涯人気を保つ自信は?」
「それすっごく意地悪な質問」

彼女がそう笑うと、司会者と観客も笑った。少し考えてから、ゆっくり口を開く。
この仕事は可能なかぎり続けたいけど、あなたの言うとおりそれは難しい世界。でも常に人気でいることや見た目、それがすべてではないと思ってる。大切なのは自分らしく在ること。いくつになってもどんな外見でも、自分らしくいられたら幸せで、幸せなら輝いているはずだ、と。
この日いちばんのまっすぐな笑顔で語った。

「私はそんな未来を信じてる。答えになってないかな?」
「素晴らしいわ」

司会者と観客が立ちあがり、割れんばかりの拍手と歓声がスタジオに響くなかで放送終了となる。
控室に戻ると、マネージャーのマルコは眉間に深い皺を刻んでいた。

「誰が別れたことを話せなんて言った?」
「いつか知られる。隠しても仕方ないよ」

わざと短い溜め息をついて、彼は続ける。

「こっちにも事情があるってのに……まァ、最後のは良かったよい」

称えるようにそっと背中に手を添えると、彼女はまた無邪気な笑顔をこぼした。

人々は小さな蕾に、これからどんな美しい姿を見せるのだろうかと大きな期待を抱く。咲き誇れば美しさに魅了され、賞賛をおくり、愛でる。
この花は自分らしく咲き続けることができるのか。はたまた哀れみや好奇の視線に晒されながら散っていくのか。
今はまだ、誰にもわからない。


to be continued.

Afterword


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