ドレスを脱いだ私も愛して

The greatest glory in living lies not in never falling, but in rising every time we fall.

―― Nelson Mandela
生きるうえで最も偉大な栄光は、決して転ばないことにあるのではない。転ぶたびに起き上がり続けることにある。



※今回YOIとのちょっとしたクロスオーバーとなっています。個人的に勢いで書きたくなって書いただけなので、読まなくても何ら支障ありません。
BL(ヴィク勇)表現あるので注意。



煌びやかな衣装をまとい、多くの視線をひとりじめしていようと。たった独り、広々とした冷たい場所で闘うフィギュアスケーターの心中は、とても孤独なものに思える。
その場所にたどりつくまで、厳しいトレーニングを日々重ね、幾度となく転ぶのだろう。
それでも立ち上がり、舞うことを諦めない彼らの姿は気高く、希望と力強さに満ちあふれ、そしてどこか儚かさが垣間見えてただただ美しい。
私たちが彼らに惹かれるのは、その短い競技人生がひとの生き様を凝縮したもののようにどこかで感じ、なにかを託し、見いだしているからなのかもしれない。


「ハイ、JJ!」
「やぁエマ、よく来てくれたな! ショウはどうだった? 演出はJJの理想がたーっぷり詰まった、他に類をみない内容だったろう!?」

It's JJstyle! とお決まりのセリフに笑みがこぼれた。

「うん、チャリティっていう企画自体もショウも、本当に素晴らしかった! 感動して泣きそうになっちゃったよ」
「んん〜それはありがたいが、やはり美しいレディには涙より笑顔でいてほしいな! 今夜はたっぷり笑って楽しんでくれ!」

フィギュアスケーターのジャン・ジャック・ルロワことJJが主催した、チャリティ・アイスショウ。
オフシーズンは慈善活動にはげむ彼らしい企画に、世界各国のトップスケーターはもちろん、彼の友人である各界著名人たちが賛同し、リンクや観客席に集った。
決して大規模な企画ではないものの、出席者がそうそうたる者たちだったせいか注目度は抜群。
私はイゾウを誘って観覧し、夜のアフターパーティにも参加。その会場前は、ファンとたくさんのメディアで賑わっていた。

「JJか……ずいぶん愉快な奴だな」
「まっすぐで良い子だよ。スケーター友達は?」
「いねェなァ。知りあう機会がまず無い」
「そうだよねえ」

フォトセッションに応じるためカメラの前に揃って出る。
アイスブルーのカーペットと、ロゴが入ったフォトウォールには氷や雪のイメージが詰まっていて、いまにも陽気な雪だるまがひょっこり現れてハグを求めてきそうだ。
お互いの腰に手をまわして寄り添い、気取った視線をカメラに投げる。

「そういえば今日はユウリ・カツキがいるじゃん。彼も日本人でしょ?」
「ああ。挨拶しないとな」
「私も日本語で挨拶して驚かせたい。おしえてよ」
「“初めまして。エマです”」
「ハジメマシテ! エマデス!……どう?」
「おれより上手いよ」

笑いあって、イゾウはとなりから外れる。私ひとりの写真を撮らせるためだ。
こういった場での儀式的なことを終えて会場に入ると、まっさきに目に付いたのがロシアの妖精ことユーリ・プリセツキー。

「ユーリ! グランプリ・ファイナル優勝おめでとう!」
「げっ、ババァ!」
「堂々と、立派に滑ってて感動したよ……! 最後のフリーで泣き崩れたときなんか、私も泣けちゃってさー……! 本当に素晴らしかった。おめでとう」
「クソッ泣き崩れたとか言うな! ってかガキ扱いすんなっていつも言ってんだろ!」
「その反抗期、いつになったら終わるの? あ、そうそう最近カザフの英雄と仲良いらしいね。挨拶したいから紹介してよ」
「はあ? ぜってーヤダ。俺のダチに近づくんじゃねぇ」


「クリス」
「会いたくてたまらなかったよエマ」
「私も。おとといルーカスの誕生パーティで会ったことなんて忘れるくらいにね」
「ははっ、ショウは楽しめた?」
「もちろん! 色気でクリスの右に立つスケーターは当分現れないんじゃない? その魅せ方、勉強させてほしいな」
「モデルのきみにそう言ってもらえるなんて光栄だなあ」


「ハァイ、エマ! やっと会えたーっ!!」
「ピチット! はじめまして、会えて嬉しい」
「いっつもインスタでやり取りしてるから初めてな気が全然しないよー!」
「ほんと! 毎回Likeをくれてありがと、それとあなたの投稿すっごく好き。更新も多くて楽しいの!」
「わあ、ありがとう! 僕もエマの写真すっごく好きだよ! あ、ねえ記念に一緒に撮ろっ。アップしてもかまわない?」
「もちろん!」

友人、知人たちとの挨拶を終えてあたりを見まわすと、群衆のなかでもひときわ目立つ姿。
リビング・レジェンドと呼ばれる絶対王者。
モデルより、ずっとモデルのような外見をしている彼のとなりにうわさの教え子を確認したため、こちらもイゾウを引き連れていく。

「ヴィクトル」
「ハァイ、エマ久しぶり! あ、きみはイゾウだよね? 出演作をよく観てるよ。ハジメマシテ、ヴィクトル・ニキフォロフデース! すきナたべものハ、カツドーン!」

おい、私の見せ場をかっさらわないでくれ。

「エマは勇利と会うのは初めてだよね?」
「そうね」

二番煎じになるけれど、イゾウに教えてもらったとおりの挨拶をしてみせる。驚いたユウリは、日本語で返すべきか英語にすべきか動揺しながらも、結局英語を選んだ。

「は……はじめまして……!勝生勇利です……!」
「わあ。すっごくキュート」

艶めかしい演技中とはまるで別人、ティーンのようだ。
イゾウとユウリが日本語で会話をはじめたので、必然的に私とヴィクトルは一歩近づく。

私たちが知りあったのは何年も前、それこそティーン半ばのころ。
ロシア人デザイナーが起ち上げたスポーツウェアブランドの広告塔として、当時から有名だったヴィクトルが抜擢された。その相手として選ばれたのが、当時有名メゾンのランウェイにあがり、イットモデルとして注目されはじめた私。
そのブランドとはエンジェルズの一員になるまで契約していたため、彼とは何度も撮影をともにし仲を深めてきた。時々試合を観戦したり、ショウの観覧に招待したり、長年良い友人関係が続いている。クリスやユーリと気軽に話せるようになったのも、ヴィクトルからつながってのことだった。

「それにしても人気絶頂でエンジェルズを抜けるなんて、ほんと君はいつも俺を驚かせるよねぇ」
「挑戦してみたかったの」
「ふふっ、いいね! そういうの大好きだよ」
「それより驚いたのはこっちだよ。選手休業に日本でコーチ、教え子とリンクでキス、選手復帰したかと思ったらコーチも兼任」
「ワオ! ずいぶん熱心に見てくれてるんだね!」
「次はユウリ・カツキと結婚でもする?」

自信家で天真爛漫で奔放、無邪気に目を細めて笑っていたかと思ったら一転、声色がひとつ下がる。

「…………ね、聞いてくれるかいエマ」

長いまつげが哀しく伏せられ、私たちだけこの華やかで騒がしい会場とは、別世界にいるみたいだ。

「俺は子どものころから世界中の注目を浴びていたし、いつも周りにはたくさんの人がいた。それなのに……なぜかずっと孤独だった」
「…………」
「長いあいだ冷たい氷の上にいたから、心が凍ってしまったのかもしれないって思ってたんだ」

私たちは親しいけれどありのままを手放しで、なんでも話すような仲ではない。ましてや、彼は国を背負った世界屈指のトップ・アスリートだ。踏み込んではいけない、いや、踏み込めない領域があるのは当然のことだと出会ったころから弁えていた。
だからヴィクトルがそんな想いを吐露したことに正直驚いたし、それと同時に胸が締め付けられた。

「でも、リンクを降りてはるか遠い異国に行ったらそこはとってもあたたかい場所だった。ずっと疎かにしていたラブとライフを、勇利がおしえてくれたんだ」
「…………ふふっ」
「……なんで笑う?」
「ヴィクトルが幸せそうだから、嬉しくて」

照れくさそうに笑ったヴィクトルは私を抱き寄せて、ぎゅうっとつよく抱きしめる。
ハグ好きなところが、あの雪だるまにそっくりだ。

「ゴシップを見たよ。彼とてもあたたかそうな人だね」
「うん。ユーモアがあって明るくて、慕われていて、太陽みたいにキラキラしてるの」
「そう、またこっちに来たときは会いたいな。彼の料理食べてみたい!」
「美味しすぎてロシアに帰れなくなっちゃうよ」
「本当かい!?」
「うん」

嬉しそうに顔を覗きこんできたのも一瞬、またすぐに私の身体はその長い腕に閉じ込められた。

「ね、エマ。たまに、俺たちはよく似てるんじゃないかって思うことがあるんだ。もちろん君の本当の心の内は分からないけれど」

耳元でささやかれた声には少し不安が混じっている。
それをかき消すように私は、まわした腕に力を込めた。

「こうしてハグをする相手がいるうちは、私もあなたも孤独なんかじゃない」

顔を覗きこんで笑えばヴィクトルは、そうだね、俺も君も、孤独なんかじゃない。そう自分に言い聞かせるように、噛みしめるように反復して、ちいさく笑う。

「そうだよ、笑って。ヴィクトルは笑ってるのがいちばん似合うから」
「それは俺も同じ。エマ、憶えていて。俺は君の幸せをロシアからいつも願ってるよ」




◇◇◇



スケーターには若者が多く、パーティは早い時間に終わり、私とイゾウはサッチのお店に足を運んだ。
他のお客さんはすでに引いていたため、貸切状態。路上には私とイゾウを付けたカメラマンたちが群がっていて、サッチが気遣って一面のガラスにロールカーテンを降ろしてくれた。

「ヴィクトルはさ、私がすごく孤独だと思ってるみたい」
「へェ。実際どうなんだよ」
「うーん……そういうことってあまり考えたことない。から、よくわからない」

キッチンから新しいボトルを持って出てきたサッチが、きっぱりと言い放った。

「おれはさ。やっぱ突き詰めていったら、人は生まれてから死ぬまでずっと孤独だと思うぜ。たったひとりで生きてかなきゃならねェもんだと思う」

その人柄からはあまり想像がつかない、辛辣な言葉。
イゾウと目が合い、意外だと思ったのは私だけじゃないんだと感じる。
サッチは私たちの戸惑いに気づかず腰をおろし、3つのグラスにアルコールを注ぎながら続けた。

「でもな、問題はそこじゃねェのよ。大切なのは “ひとりじゃない” そう感じることができるかどうかだ」

おれの自論、とグラスを掲げながら笑ったサッチに続いて、私とイゾウもグラスを掲げる。

「私はできるよ」
「おれもできる」
「もちろんおれも」

深い緑と青が混ざった神秘的な瞳を思い出す。
あの美しい瞳は出会ったときからいつも、ずっと、どこか遠くのなにかを探しているようだった。
その冨も名声も地位も、なにもかもを手に入れても彷徨っていた瞳が、今日はちがっていた。
光を見つけたみたいに輝き、満たされていた。

私もあなたの幸せを、いつも願っている。
あのとき返した言葉を、ふたたび心のなかで唱えた。

to be continued.

Afterword


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -