ドレスを脱いだ私も愛して

To love someone deeply gives you strength, being loved by someone gives you courage.

人を深く愛することで強くなる。人に愛されることで勇気がもらえる



はじめてのデートから一週間と少し経った日の夜、サッチから突然、今から近場で1杯やらないかと誘いが入った。
すでに家でリラックスしていたため、メイクもヘアも最低限に済ませて大慌てで待ち合わせた店へ向かう。
私のラフすぎる姿を見てもサッチは「そういうエマも良い」と褒めてくれるから、恥ずかしいやら嬉しいやらで、やっぱり心は忙しかった。

突然、しかもまだ22時にもならない時間で店はどうしたのかと聞けば、お客が引いたから早く閉めたとのこと。せっかくの機会だからと私に連絡をくれたらしい。
絶対に会えないと思っていたから良かった、と見せた笑顔は、私がこの一週間、朝も昼も夜も常に求めていたものだった。

「笑えるだろ? おれたちも全員腹抱えて大笑いでよォ」
「あはは! で、そのあとエースはどうしたの?」

自宅近辺の、ドイツ風ビアガーデンはアットホームで最高の居心地。広くも狭くもない店内のカウンターに並んで座り、ときには顔を寄せあいおしゃべりに夢中になった。
途中で、一時外して席に戻っているとき。カウンター近くのテーブル席に座る男性がふと目に入った。
若くもなければ、老いてもいない。ハンチングをかぶって恰幅がよく、いかにも愛嬌たっぷりといった雰囲気の男性は私と目が合うなり、したり顔でサッチの背中に親指を向けた。代弁すると「うわさの男だろ? がんばれよ」そんなところだろう。
思わず笑ってしまい、それでも彼と同じ顔をして大きく、静かにうなずいて見せた。

「……と、もうこんな時間か! エマと居ると時間の感覚狂うわ」
「憂鬱な予定がある日は私をとなりに置いておくといいよ。そうすればあっというまに過ぎちゃう」
「はは、それじゃあエマとの話に夢中になって予定がいつまでたっても終わらねェっての」
「そうかなあ、いい案だと思うけど」
「悪くはねェな! よし、んじゃ出るか」

待ちに待ったときがついにやってきた。今夜こそ「別れ際の玄関前」を叶えるチャンス。
サッチのうしろを歩いて店内を出るとき、先ほどアイコンタクトを交わした男性と静かにハイタッチをした。男性の連れや、周囲のお客さんたちもサッチが気づかないよう決して声はあげず、いけ!いけ!といった感じの大きなジェスチャーで私を送り出してくれるから、また笑ってしまう。
この国のスターとやらは、ロスを拠点にすることが多い。なぜそちらに住まないのかとたまに聞かれることがあるけれど私は、近すぎず、遠すぎず、たまに鬱陶しいほどお節介で愛らしい人々が住むこの街が、大好きだからだ。

ドアを抜けて並ぶと、サッチはするりと私の手を取って歩きだした。こういう行為自体には慣れていないわけじゃないのに、どうしてこうも胸が高鳴るのか。高鳴るけれど、重なったおおきな手はどこか安心感を与えてくれるから、不思議と動揺はない。
好きという気持ち。ずっとこうしていたいという願い。ただそれだけが、強くあった。

「あれ、パパラッチがいねェ」
「私が出てくるときもいなかったよ。夕方家に帰ってきたときに、今日はもう出る予定ないよーって言ったからじゃないかな」
「おお……信用されてんだな」
「裏切っちゃったけどね。ま、予定外だったから仕方ない」

重なった手はそのままに、立ち止まってなんとなく向きあう。
撮られたかった?といじわるな質問をすると、ふわりと距離が縮まった。

「どーせ撮られるなら親しげなところがいい。この前の写真だと全っ然そんな感じなかったしな……!」
「はは、前後で歩いてたからね」

会話には少しの間が空く。
でも身体の距離は、縮まる一方。
ななめ上からやさしい瞳に捕えられてしまえば、ここはもう私、いや、私たちだけの世界。そう思ったのは一瞬。唇が触れるまであと少しのところで、スマートフォンからまぬけな着信音が鳴り響いた。

「………………」
「………………」
「……出なくて「いいの」
「………………」
「………………」

気を取り直そうとするも、一向に鳴りやまない音に私たちは苦笑を漏らす。こうなってしまったら、続行は難しい。
諦めて画面を見るとマルコの名前が出ているから、先ほどのおだやかな気持ちはどこへやら、激しい怒りが湧きあがってきた。

「ちょっとなに!? いま信じられないくらい忙しいからとりあえず10秒待って!…………ごめんねサッチ。その、良かったらあがってコーヒーでも飲んでいかない?」

鬼の形相と天使のほほ笑みを、こんなにも素早く使い分けることができるとは。

「んーそうしたいけど、今日は遠慮しとくわ! また今度ゆっくり会おうぜ」

まあそうなるよね……!とわかっていても落胆する。
気を遣ってか、おやすみ、と頬を合わせてきたサッチに謝罪とお礼を告げてお別れ。待ちに待ったチャンスをまたも逃した。
うなだれてエントランスに入ったところで片手のスマートフォンに意識が戻り、その存在を思い出した。

「ねえマルコ! いまサッチと別れ際でいい雰囲気だったのにマルコのせいでキスひとつできなかったよ! どうしてくれんの!?……………え? 見てないけど……うん、わかった」

送った記事を見てみろ、との指示でマルコからのメッセージを開く。載っていたURLをクリックすると名のあるゴシップサイトに飛び、そこにはシャンクスと私の写真が載っていた。
でかでかとした見出しには、こう書かれている。

“エマの新ボディーガード、片腕で彼女を守れるのか?”

目を疑った。呼吸が浅くなっていく。

「…………これって現実?」
「悪い夢だと思いてェな」
「ねえ待ってよ、こんなことっ……」
「言いてェことは分かってるよい。でも相手にするんじゃねェぞ」
「でも、」
「明日は終日あいつが付く予定だったけど全部変えた。おまえを動揺させたくないから、おれから早く伝えたかったんだよい」
「シャンクスを外さないで!」
「分かってるよい。大丈夫。騒ぎが落ち着くまでだ」
「………………」
「邪魔して悪かったねぃ。とにかく今日はもう遅いから休めよい」

通話を終えて、改めて記事を読む。シャンクスに対しておもしろ可笑しく皮肉を詰めた内容で、途中で画面をブラックアウトさせた。
するとそこがふたたび明るくなり、見るとイゾウからの着信。

「イゾウ? どうし、」
「あんな低俗な記事は気にするなよ」
「……うん」

もう記事は広まっているんだなと感じた。
また騒動になるのかと思うと、心労がいっきに増す。

「もうすぐ撮影終わるからそっちに行く」
「ありがと。でも大丈夫だよ。もう帰って寝るところだし」
「…………本当に大丈夫か?」
「大丈夫。撮影がんばって!」

通話を切ってため息をひとつ。重い足を動かし、建物内に入ると背後から名前を呼ばれた。

「エマ!」
「……サッチ!? どうしたの!?」
「これ見て、心配になって」

手にした画面には、さっき私が見た記事が出ている。心配して、走って戻ってきてくれたのか。

「やっぱり、コーヒーもらえるか?」

サッチのゆるんだ笑顔とおだやかな声で、強ばっていた気持ちがやわらいだ。




◇◇◇



「こんな記事が出て、シャンクスはどう思うんだろう」

カップを手渡して、コーナーソファの空いた側に座った。サッチの返事を待つあいだに、近くに置いていたブランケットを膝に掛ける。

「デリケートな問題だ。同じ立場になってみなきゃわからねェよな。……にしても、今まではなんとなくスルーしてたゴシップニュースも、知ってる人間がこうも書かれると腹立つな。あいつらほんっと汚ねェよ」
「……でもね、彼らと私たちは、持ちつ持たれつなところがあるんだ」
「……どういうことだ?」
「撮られたら話題になる。私たちは、話題にされなくなったら終わりだから」
「…………」
「エージェント側が、彼らに“何日の何時にどこに行くから”って情報を流すことも当たりまえにあるんだよ。他にも、プライベートの写真だと、着ているものは本人が好んで選んだ私服だって見た人は思うでしょう?」
「……ちがうのか?」
「ブランド側と、そういう取り引きっていうか……契約をして着ていることもよくある。身につけてるものは全部どこの商品か調べられるし、私服となれば影響も大きい。向こうは宣伝効果が得られて、こっちは報酬がもらえる。ビジネスが成り立ってるの」
「マジかよ……」
「もちろん全部がそうじゃないよ。ただ持ちつ持たれつな部分は確実にある。だから私は彼らを毛嫌いしていないし、尊重もしてる。でも、今回の記事は許せない。度を超してるよ」

自分のことならどう言われてもいい。この道を選んだときから覚悟はしているし、今ではどんな誹謗中傷、言葉にもそれなりには耐性がついた。でも私じゃないスタッフに、ましてや身体的なことをあんなふうに書くなんて、絶対にあってはいけないことだ。

「もしかしたら私が招いたことなのかな。愛想ふりまいて、嫌がる素振りをしないから……エマに関することならなにを書いてもいいとでも思ったのかな」
「そんなこと言うなよ。エマは何も悪くねェ。悪いのは、やっていいことと悪いことの区別がつかない馬鹿な野郎共だ」
「…………シャンクス、辞めちゃうかな」
「エマ」
「…………」
「明日も仕事だろ。そろそろ寝たほうがいいぜ」

エマが眠るまでここにいるから、とブランケットを掛けなおしてくれる手つきがやさしい。それに甘えて静かに目を閉じると、いつのまにか意識を手放していた。



◇◇◇



窓から射し込んでくる陽がまぶしい。
周囲にサッチの姿はなく、ローテーブルにメッセージがひとつ残されているだけで無性にさみしさが込み上げてくる。

投げ出してあったスマートフォンで時間を確認すると、やけにメッセージ通知が多く入っている。どれも友人や知人からで、今回の記事で私とシャンクスを気にかけてくれている内容だ。
続けてニュースサイトを見ると、やはり例の記事は炎上していた。
書いた奴は恥を知るべき、卑劣極まりない内容、なんて低俗で悪趣味な記事だろう、など多くのファンや各界の著名人が、非難のコメントを出していた。
いつだってこういう騒動は、本人を置いてきぼりにして大きくなっていく。


「いいか、シャンクスを早く現場に戻したけりゃ相手にするなよい」

迎えにきたマルコの言葉に、黙って何度かうなずいた。
自宅を出ると多くのカメラ。記事は見たか、なにか言いたいことはあるか、シャンクスはいないのか、そんな質問で溢れかえるなか私は、ウェイファーラーとバッグで顔を隠し、うつむき、足早に車に乗り込む。
絶対に撮られたくない。撮らせない。
そんなオーラを惜しみなく出した、無言の叫び。彼らこんなことをしたのは初めてだと思う。



◇◇◇



撮影が済んで、帰り支度を終えた私にマルコがスマートフォンを渡してきた。画面を見ると、通話中の表示。記されている名前は――。

「シャンクス……!」
「おう、お疲れ! 明日の朝はおれが迎えに行くからなー」
「大丈夫なの……!?」
「当たりまえだ。あんな記事くらいで逃げ隠れするなんて、馬鹿げてるだろ?」
「シャンクス、ごめんなさい、私のチームに入らなかったら「そんなこと言うなよ。おれはエマのスタッフでいることが誇らしいし、後悔なんてしちゃいねェ。言いたい奴には言わせておけばいいさ。ンなことよりエマが傷ついたんじゃないかって、そっちのが気掛かりだ」
「シャンクス……」
「これからオフィスに帰ってくるんだろ? 待ってるから、早く顔見せて安心させてくれ」

無邪気な笑顔が、たやすく想像できた。
出会ってまだ少ししか経ってないけれど、これまでシャンクスは何度も私を守ってくれたし、ときには背中を押してくれた。何度もそのやさしさに励まされた。たくさん与えて、守られてばかりで私はなにも返せていない。
マルコは連中を相手にするなと言うけれど、相手にすれば、それがさらに話題になり踊らされてしまう。彼らがもっとも喜ぶことだ。でも、彼らに踊らされようが、彼らが喜ぼうが悲しもうが、そんなのどうだっていいんじゃないかと思う。
いま私がシャンクスを守らないと。ここで沈黙を貫いたら、きっと後悔する。


「おいエマっ……!」

マルコの制止を振りきって、集まったカメラマンの群れに近寄り、ムービーカメラを持ったひとりの男性に声をかけた。
周囲はどよめきが起き、凄まじいシャッター音に包まれている。

「はじめまして、エマよ」
「アランだ。いつも君を追ってる」
「ありがとう。ちょっとだけこのカメラ貸りてもいい?」
「もちろん」

突然のことにも快くうなずいてくれた男性は、姿勢を整えてから、カメラをまっすぐ私に向けた。それに応えるよう私もレンズをまっすぐ見つめ、顔も名前も知らないけどあの記事を書いたあなたに言うわ、と放つと周囲に静寂がおとずれた。

「片腕で守れるかって? 腕より大切なものを彼は多く持ってる。誰にでも分け隔てなく接する大きなやさしさ、愛情深くて広い心、それはあなたに決定的に無いものね」

本当に大切なものは、決して目には見えない。

「まあ、彼のことを知ってほしいとは思わないけど、これだけ言わせて。あなたに彼の仕事を邪魔する権利はないわ。そんなにおもしろ可笑しく揶揄して、誰かを蔑むようなことを書きたいなら私のことを書けばいい」

きっぱり言い放つと沸き起こる歓声。止まないシャッター音。なんだか、主演女優賞でも受賞したような気になってしまう。


「貸してくれてありがと、アラン! すぐに配信してね」
「オーケィ! エマ、君は素晴らしいことをしたよ!」

マルコの元へ戻ると、心底あきれた顔で笑っていて少し安心した。
オフィスではシャンクスが出迎えてくれたため、駆け寄り、おもいきりハグを交わした。
出しゃばりすぎたか、そっとしておいてほしかったかと今さらどうにもならないことを聞けば、腕の力はぐっと強くなる。

「いーや。エマはおれのヒーローだ!」

配信された私の映像は、良い意味で騒動をもっともっと大きくさせた。
エマとセキュリティチームに心からの拍手を。
勇敢なエマ、そして日々彼女に寄り添うスタッフたちに敬意を払う。
よく言った!こっちまですっきりしたよ。ありがとうエマ、ありがとうシャンクス。
彼女はボディガードに勝る勇敢な行動で、自身のボディガードを守った。クールな話だね!
そうした賞賛でテレビやネットが溢れかえるなか私は、SNSにシャンクスとのツーショット写真を1枚載せ、メッセージも添えた。

“こうして彼はつよく抱きしめてくれる。右腕と、心で。これ以上頼もしい存在は他にいないの!”

Likeカウンターは、世界で3番目に多くまわった投稿となった。


目に見えない大切なもの。見えなくとも、心で感じることができる。
私が歩む世界は、そういう大切なことを忘れてしまいがちだ。でも幸運なことに私には、それを日々伝えてくれる多くのひとたちがいる。
家族、友人、ファン、スタッフ、支えてくれるすべてのひと、彼らに心からの感謝と愛を。

これで少しはシャンクスのようになれるかな。

to be continued.
thanks/alphabeta

Afterword


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