ドレスを脱いだ私も愛して

There are millions of things that I want, but only one thing I really need.

欲しいものは星ほどあるけど、ほんとに必要なのはたったひとつだけ



リトル・ブラック・ドレスを着ても夜の闇に溶け込むことができないのは幸せなことか、不幸なことか。

フラッシュを浴びながらクザンとシャンクス、そしてベックにフォローされて建物に入る。騒がしさと眩しさがなくなったそこで、小さく息を吐き、巨大なエレベーターに乗り込んだ。

「おれらは別席で楽しんでるから、なにかあればウエイター通して伝えてくれ」
「………………」
「どしたエマ。具合でも悪ィのか?」
「気にしなさんな、シャンクス」
「は?」
「デート初回は大抵こんな感じだ。気にしなくていい」
「ねえベックどうしよう。すごく楽しみなのにめちゃくちゃ緊張してきた」
「こういうことだ。わかったか?」
「お、おう……! 元気ならよかった……!」
「なあエマ。毎度思うんだがどこに緊張する必要がある?」
「リラックスして楽しんできなさいよ」

ベックとクザンの言葉に励まされ、なにも言わず背中を強めにさすってくれたシャンクスの手で、緊張がやわらぐ。
ペントハウスラウンジで降り、3人と別れて屋上テラスに案内されると待ち望んでいた姿が。
私に気づいたサッチは、エンパイアやクライスラーなどこの街の象徴となるビル郡を背景に席から立ちあがった。

「サッチ、お待たせ!」
「おう! おれもさっき着いたんだ」
「急に現地集合に変更してごめんね」
「いいよいいよ。マルコが気ィ遣ってくれたんだろ? カメラ多くて混乱するだろうからって」
「お見とおしだね」

たとえば。パズルは最後の1ピースがなくても、他が埋まっていればどんなものが描かれているのか認識、理解することができる。それが写真なのか絵なのか、人なのか物なのか、どんな色でどんな様子なのか。ひとつくらい欠けていても支障はない。
けれど、その世界が完成されることはない。

「いつにも増してキッレーだな! まさに画面とか雑誌から飛び出してきたっつーか……」
「ありがと! サッチも素敵だよ」

私にとっての恋も、パズルの最後のピースと同じ。
恋をしていなくても私は、自分がいま何番街にいるのかわかるし、屋内にいても窓があれば、天気は晴れなのか曇りなのかわかる。
目に入ってくる情報にはなんの支障もないけれど、恋をして、好きなひとがそこにいる景色といういものはダイヤモンドのように繊細でいて、華やかな輝きをプラスしてくれる。そうしてはじめて、私の世界は完成される。

「ここずっと気になってたお店なの。なかなか来るタイミングがなかったから嬉しい」
「お、そりゃよかった! 前に友達と来てから気に入ってんだ。食い物適当に頼んでいいか?」
「うん、お願い」

近年流行っている、ルーフトップ・レストランのなかでもここは、高層でマンハッタンの夜景が一望できるのとサービスの良さ、料理の美味しさに定評があり、深夜には大行列ができるほどの人気店。来たかった場所に、好きなひとと来ることができる幸せと言ったらもう。
素敵な時間が過ごせますように、とグラスにひそかな願いをのせてぶつけあう。

「ハルタの件、ほんっとありがとな」
「喜んでもらえてよかった」
「見送ったあと店に戻ったらさ、質問攻め。なんでエマがー、どうやって知り合ったーってうるせェのなんのって! 偶然助けたって言っても全然信じてもらえねェの。あのブラウニーはおれが食うべきだったと思ったね……!」
「あはは! でもさ、サッチってすごく慕われてるんだなーって思った。3人ともすごく良くしてくれたし、なんていうか、素敵な人のところには素敵な人が集まるのを目の当たりにしたっていうか」
「あいつらは仲間内でも特に腐れ縁だからなァ」
「今日私たちがこうしてること、知ってるの?」
「あーそれは黙っといた。ついてくるって間違いなく言いだすから」

他愛ない話の合間に運ばれてくるのは、新鮮なシーフードや野菜を使ったギリシャ料理。
色とりどりの野菜の上に、フェタチーズが一切れまるっと乗ったサラダ、細かい氷の上に並べられた殻つきのオイスター、ギリシャ風ミートボールのケフテデスなど、地中海の雰囲気が強く漂った料理が並んだ。

「サッチ、どれもすっごく美味しいよ。さすが料理人が選んだ店と料理だね」
「ははっエマは褒め上手だな」
「本当だよ。さすがサッチ」
「ありがとな。で、今日はここ来るまでなにして過ごしてたんだ? やっぱ仕事?」
「えっと、早起きしてワークアウト。そのあと自宅で打ち合わせしてそのままゆっくりしてたよ。夕方からは必死に着飾ってた」

この時間のために。
自嘲すると、サッチは声をだして笑った。このくしゃっと笑う感じ、やっぱり好き。

「サッチは? 毎週月曜は定休日だっけ」
「そ! 朝の買い出しもないから昼過ぎまで寝てたなー」
「朝の買い出しって、グリーンマーケットに行くの?」
「そうそう。行ったことあるか?」
「うーん何度か。でもかなり前だから、最近はどんな感じなのか全然わからない」
「今度一緒に行ってみるか? とびっきりうまいジャムを売ってる店があるんだ」
「ほんと? 行きたい!」

約束というほどでもないけれど、次の可能性があるということはこんなにも嬉しくて安心するものだったか。
つい先日は「好きとかじゃない。まだ」なんて言っていたのに、サッチの存在はどんどん大きくなって、あっというまに恋になった。会うたびに惹かれていく。話すたびに、好きだなと改めて実感する。もっと近づきたくて、触れたくて、独りじめしたくなる。
そんなふうに浮かれた気分で過ごす時間は、あっというまに終わってしまうのがデートのお約束。
まだ2時間くらい経ったころかな、と思っても時計はすでにてっぺんを差していて、うそでしょう私の時間だけ速く進んでしまったんじゃないか、とありもしないことを疑ってしまうくらい。
グラスにのせるべき願いは、素敵な時間うんぬんじゃなく、このまま私たち以外の時間をとめて!のほうが良かったかもしれない。
そんななか颯爽と現れたのは、別席で楽しんでいた彼たち。

「お楽しみのところ失礼。セキュリティのベックマンだ。ベックと呼んでくれ」
「クザンだ。よろしく」
「おれはシャンクス。はじめまして」
「よろしく、サッチだ」

握手つき自己紹介を終えると、時間も時間だしそろそろ引き上げようか、と提案される。時計を見たサッチが、もうこんな時間なのかと驚いていて、私も同じこと思ったよと伝えて笑いあう。こういう些細なことが嬉しい。
ベックが車をまわすよう電話を入れているあいだに、クザンがいつもののんきな口調で切りだした。

「どうやらデートしてることがバレてるみたいでね、下はかなりの数のカメラが群がってる。サッチ、きみも送るから一緒に乗って。あーそれとサングラスはあるか? 慣れてないとフラッシュがかなりきついから、つけたほうがいい」
「あー今日は持ってきてねェな」
「アララ。まっ、死にはしないから大丈夫か」

帰り支度を済ませて、来たときよりひとり増えた5人でエレベーターに乗り込んだ。
ゆるやかな下降感が不安を煽る。
これから起こることは、サッチにとって未知であり初めての経験で、それにより彼を取り巻く環境は多少なりとも変化するはず。


「たしかウエストビレッジで店をやってるんだよな」

無音だった空間にベックの低い声が響いた。

「おう。いつでも食いに来てくれ」
「サービスしてくれるのか?」
「もちろん。ステーキはぶ厚く切るしマッシュポテトも大盛りだ」
「その礼と言っちゃなんだが、混乱しねェようにこれから起こることを教えといてやる」
「ははっ、頼む」
「今から10分後にはおまえの写真がネットに載って2時間後には名前と素性を掴まれる。12時間後おまえの店の前には何人かのカメラマンが現れる。24時間後には、少なくとも世界中にいるエマのファン全員がおまえを知ることになる。ひとまずはこんなところだ。覚悟はできてるか?」
「おうおう。なんでも来いっての」

スターの誕生だな、と皮肉に笑うクザンを目で咎めると、小さく両手をあげて閉口した。シャンクスは、ずいぶん落ち着いてんなーと私にしたようにサッチの背中に手を這わせ彼らしい気づかいを見せていた。
建物を出ると、クザンの言ったとおり通常の倍のカメラが群がっていた。大量のフラッシュで日中のように明るくなる辺り一帯に、エマ、エマ、と四方八方から名前を叫ばれ、下がってくれ、押すな、とベックたちの声がそれにぶつかり、周囲は騒然とする。

「デートは楽しめた!?」
「きみ、名前をおしえて!」
「次はどこに行くの!?」
「エマ! いまどんな気分だい!」
「ふたりともこっち向いて!」

一歩前を行くサッチの広い背中は、少しの戸惑いも見せず堂々と進んでいき、いつか言ってくれた「そんなの全然気にしない」という一言を思いだした。
さっきの不安は杞憂にすぎなかったかな、なんて安堵して、嬉しくなってしまうのは気が早すぎるだろうか。
後部座席に乗り込んでドアが閉められると、サッチは目を見開いてなにか言いたげに私を見るから、やっぱり安心するのは早すぎたかといっきに不安が駆け巡る。

「サッチ、大丈夫?」
「…………たしかに死にはしねェけどよ……」
「うん……」

現実は、あまりにも想像とかけ離れていて、やはり混乱してしまったみたい。
後悔しているだろうか。その先を聞くのがすごく怖い。やっぱり、もっとひっそりとした店にするべきだったか。

「フラッシュすっげェ眩しいのな!」
「そっち!?」
「ん? 他になにかあんのか?」
「や、なにも……!」

思わずつっこんでしまったじゃないか。
どんなに眩しかったか、そしてサングラスの必要性を興奮しながら訴えてくるサッチ。私にとってはフラッシュなんかよりもずっと、そのどこまでも飾らない自然体が眩しい。
これまで彼を「素敵なひと」だと漠然と思ってきたけれど、気づいた。彼は「美しいひと」なのだと。
私が持てはやされるようなそれとはちがう。全然、ちがう。


◇◇◇


「着いたぞエマ。悪いが周りが混乱するからサッチは降りないでくれ」

ベックの辛辣な一言で、崩れ落ちそうになる。そりゃそうなんだけど。

「ここまで来て玄関前まで送ってもらえないなんて初めて……!」
「おれも、ここまで来て玄関前まで送ってやれないなんて初めてだわ……!」

デートの醍醐味といったら、別れ際のやりとり。そこで一言、二言、気の利いた会話をして、キスをするのか、焦らず次回に持ち越しか、はたまた永遠にすることのない関係なのか、ファースト・デートの別れ際の玄関前というのは、少し先の未来が見える舞台だ。

「仕方ねェな」
「こんなときもあるね」

舞台に立てないのなら、今いる場所を舞台にするまでだ。
先ほどと同じように、待ち構えているカメラマンたちで外は騒然としている。さすがにこのロマンチックのかけらもない状況でキスはないな、と残念な気持ちになるけれど。

「次はいつ会える?」
「いつでも会えるよ。私がお店に押しかければね」
「そりゃ嬉しいけど大変だ。毎日店を花で埋め尽くしておかねーと」
「あはは、もうサプライズはしないから安心して」

ハグをして、とびっきりの笑顔でお礼を告げて車を降りた。
フラッシュに照らされながら、初めて触れちゃった、とドキドキ舞い上がっていたことは言うまでもない。


to be continued.
thanks/alphabeta

Afterword


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