ドレスを脱いだ私も愛して

Life fails to be perfect, but never fails to be beautiful.

人生は完璧にはならないかもしれないけれど、うつくしくないことは絶対にない。



「エマこれも食え! サッチの料理はどれもうめェんだ!」
「おいおいエース。おまえとは胃袋のつくりが違うんだから、エマのペースで食わせてやれっての」
「あ、ほんとだ美味しい」
「エマが肉食べてる……!」
「肉食べてるな……!」
「ハルタ、ビスタ。おまえらもなァ……」

わいわい食べて、飲んで、喋って、終わりのないキャッチボールのような会話が続く。
遅い時間だというのに、店内は明るくはつらつとした空間だ。

「あ、エース。それとってくれる?」

ハルタが、エースの目の前にある濃厚で美味しそうなブラウニーを指さす。ひと切れだけ残されていたそれは、ガラス製のケーキドームに覆われ、厳重に保管されたジュエリーのよう。
エースは、誰にも渡さないとばかりに自分のほうに引き寄せながら、眉間にシワを刻んだ。

「ちょっとエース。ちょうだいってば」
「だめだ! おれが食う!」
「今日はぼくの誕生日なんだからいいでしょ。それに昨日彼女にもフラれてかわいそうなんだから」

さらっと告げた最後の一言に私たちは固まり、男3人はとても深刻な表情をしている。それを気にする様子もなく、ハルタはグラスを傾け、ナッツをひとつまみ口に放り込んだ。

「…………おま、マジかよ」
「マジだよ。一緒にいても恋人に見えないし、こんな子どもっぽいの嫌なんだってさ」
「ハルタ……」
「べつに湿っぽくしたくて言ったわけじゃないから。ってことでエース、そのサッチ特製絶品ブラウニーはみじめなぼくに食べさせてあげるべきだと思わない?」

言葉が浮かばない代わりに私は、となりのその腕に手を伸ばして撫でる。するとサッチの明るい声が響いた。

「そんなのわかんねェだろ! よし、じゃあこのなかで一番みじめなやつがこのサッチくん特製ブラウニーを食えるってのはどうだ? おれが審査員をやる」
「それは良いアイデアだな」
「やろうやろう!」

オーケィ、じゃあもう少しミジメエピソードを言わせて。とハルタは笑った。
途端に今までの空気が変わったので胸を撫でおろしながら、またサッチに惹かれたかも、なんてことをひそかに思う。

「ぼくは小柄で見た目も年相応に見られない。先週だってランチでお酒を注文したら鼻で笑われて、IDを見せても偽物だろって信じてもらえなかったよ」
「そりゃひでェ」
「しまいには、ガキに酒だせるわけねェだろって怒鳴られたし。あげくフラれるし。だからこうして誕生日を迎えて歳をとっても、いまいち実感ないんだ」
「おいおい! 酒を断られるくらいマシだっつーの!」

グラスをテーブルに叩きつけたのはエース。顔が赤くなって少し酔っている感じだけれど、まだまだ胃袋は元気みたい。

「おれはこの街の食い放題の店、ぜんぶ出入り禁止にされてる!」

失笑する一同。知らないでエースを席につかせてしまったお店は、食いっぷりを見て悲鳴をあげることになるんだろうな、と想像はたやすかった。

「食い放題じゃなくてもよ、金持ってんだろうなって確認されんだぜ!?」
「そりゃ日頃の行いが悪いからだ」
「おっまえ……だからよくうちに来んのか」
「いやーさみしいぜー。腹が減ってんのにどの店も断られる。こんなみじめなことはねェぞ。ってことでブラウニーはおれが、」
「そんなもんまだマシだ。おれなんか職場で部下に毛嫌いされている」

獲物に向かっていく手が、ビスタの声でぴたりと止まった。
残念そうに唇を突きだしているエース姿が、子どものようでかわいいと思いながら理由を尋ねる。

「毛嫌い? どうして?」
「話がやたらと長いらしい。気をつけてはいるんだが部下たちのことを思うと、1から10までのことも50まで説明したくなってしまう。それと髭が気持ち悪いと陰口叩かれているのも知ってる」
「おとなの魅力がわかんねェガキなだけだ」
「そうだよビスタはかっこいいよ」
「じゃあハルタ、おまえおれのようになりたいと思うのか?」
「思わない」
「ブラウニーはハルタにまで拒絶されたおれに決まりだ」

サッチが大笑いしながら、ビスタのお皿にブラウニーを乗せるのを見て思わず身を乗りだす。

「え、ちょっと待って! 私は?」

ハルタの告白のときのように、また店内はしん、と静まり返った。
あのときはみんな心底驚いたような、傷ついたような表情だったけれど、今はきょとんと目をまあるくしている。

「なに言ってんだよ」
「エマには縁がないだろう」
「世界でもっとも、みじめとはかけ離れた存在だ」
「どうかな。まず恋人運がないのはハルタと同じね」
「わかるよその気持ち」
「他にもある。16のときからずっとこの世界でサバイバル・レース。若くて魅力的なモデルは次から次に出てくるし、自分がいつか用済みになる日が必ずくることがわかってる。だから常に不安ととなりあわせ」

ハルタのときと同じくらいの、重い空気。
でも私も彼のように、どうってことない口調で続けた。

「人前では、どんな人生を送ろうと幸せならきっと輝いてる、なんて言ってるけどそれも本音半分、自分に言い聞かせてるのが半分」
「その……なんだ、エマはもうモデルのなかでも別格だろう。そういうものでもないのか?」
「不安はなくならない。心が安らぐのは一体いつになる? その日がきたとき、私はもう世間から忘れ去られてるはずよ。それってすごくみじめだわ」

空気の重量はさらに増して、今日いちばんのものになった。みんなが眉間にシワを寄せている。なにか言いたくてもなにも出てこない、ついさっき同じ思いをした私はその気持ちがよくわかる。
張りつめた糸を切ったのは、他の誰でもないサッチ。

「………騙されるとこだった!」

エマはそんなにブラウニーが食いたいのか、とおどけた声とセリフに全員で笑いだす。
深刻に受け止めることは、肯定することになってしまうと思っての言動だろう。スマートな対応を見せてくれた彼のやさしさが、あたたかい。

「ブラウニーはハルタに決まりだ!」
「えーなんでだよっ! ずりィ!」
「ありがと。これで少しは報われるよ」
「いいなー私も食べたい」
「今度作ってもらうといい。本当に美味しいぞ」


◇◇◇


「来てくれてありがとな。ハルタもほかの奴らもすっげェ喜んでた」
「うん、私もすごく楽しかった!」
「そりゃ良かった! にしても最高のサプライズだったなァ」

翌日も仕事が詰まっているため、みんなより先にお店をあとにする私をサッチが大通りまで送ってくれていた。
満足そうに目を細めているその横顔には、無邪気さが宿っていて、おもいきり抱きつきたくなってしまう。
そんなことをしたら驚くだろうか?実行してみようか?いや、お酒のせいで気が大きくなってるだけ。やめておくのが無難だ。
通りに出るまでの数ブロックがもっともっと続けばいいのに、なんて、これぞ恋する女の気持ちの王道!をたどっているのが自分でもわかる。

「ねえサッチ。いつも会いにきて鬱陶しい?」
「え?」
「だってほら、今日も突然来ちゃったし、このまえ再会したときも私から急に行ったでしょう」
「ああ。んでおれが鬱陶しいと思ってるって?」
「そう思われてたらいやだなーって」
「ははっ! ンなわけねェじゃん」
「……よかった!」

これが精一杯だ。
残念ながら、大通りにはあっというまに着いてしまう。キャブだってあっさり止まってくれるから、抵抗のしようがない。まあここで別れなければ、明後日のふたりきりでのデートも果たせない、そう思うことで乗り越えよう。

「あのさエマ、おれはこの先なにがあっても、」
「? うん」
「……その……エマを忘れることはねェよ。少なくともおれはそう……ってあーなに言ってんだおれ!こんな野郎にンなこと言われてもって感じだよなァ!?」

華麗で粋なことをしたり、ときには不器用だったり、一体いくつの顔を持っているのだろうか。
まるでカメラの前でころころと表情を変えるモデルのようなサッチを見て、思ってしまった。このひとが私を忘れずにいてくれるなら、他の誰の記憶に残らなくてもいいのではないか、と。


to be continued.
thanks/alphabeta

Afterword


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