ドレスを脱いだ私も愛して

We fall in love by chance, we stay in love by choice.

「たまたま」恋に落ちたとしても、僕ら「わざわざ」恋をつづけている。



「マルコちょっといい? みんなも聞いて」

滞在ホテルに到着後、スタッフたちがマルコの部屋で打ち合わせをしていると聞いた私は、部屋を訪ねる。解散直前だったのか室内はなごやかな雰囲気で、話を切りだすにはうってつけだった。

「どうしたんだよい。なにか確認でも、」
「ちがうちがう。ちょっとした事前報告なんだけど、週明けの月曜デートするから」

報告義務が設けられているわけではない。でも日々私のために一生懸命動いてくれている彼らには、ネットニュースや翌日のゴシップ記事をとおしてではなく、事前に自分の口から伝えておきたい。
ミネラルウォーターを傾けたマルコは、表情ひとつ変えずに言葉を続ける。私がこんなことを言いだすのは、今に始まったことじゃないからだろう。

「相手は?」
「サッチ。ウエストビレッジで料理人してる」
「業界人じゃねェのか」
「うん」
「そいつに電話できるか?」

そう言うと思って、サッチにはここへ来る前に連絡をいれておいた。エージェントたちに食事に行くことを報告しておくけれど、たぶん直接話したいと言ってくるはずだと。もちろん彼は快諾してくれた。
発信するとすぐにつながったので、一言二言だけ交わしてマルコにスマートフォンを差しだす。

「マルコだよい。よろしく」

あいにく向こう側の声は聞こえないけれど、サッチだ、よろしく。とかなんとか言っているだろう。


「まず言っておくが、“おれたちは”詮索したいわけでも二人の邪魔をしたいわけでもねェよい。ただ知ってのとおりエマは有名だ。だからこうして関わることを理解してもらえるとありがてェんだが…………ああ、そうだよい」

なにかに安心したのか、マルコはソファに深く座りなおす。

「さっそくだが行く店と時間は決まってるか?………………ああ、あそこだねぃ。わかった、予約諸々の手配をこっちでさせてもらえるか?………………ああ、そのとおりだよい」

ビジネスの話をしているかのように、表情ひとつ変えず淡々と唇を動かす。といっても話すことなんて莫大にあるわけではないので、すぐに終わりそうだ。


「サッチ、最後にいいか?…………“奴ら”に撮られる覚悟、詮索される覚悟、追いまわされる覚悟、それと世界に騒がれる覚悟はあるか?」

聞いて、体と心がこわばった。私がいちばん不安に思っていることだから。
そこからマルコがふっと笑うまでは、ほんの一瞬だったのに、とても長い時間のように思えた。
はい、と戻ってきたスマートフォンの通話が切れていることを確認し、すぐにマルコへと視線をうつす。

「感じのいい奴だねぃ。物わかりがよくて助かるよい」

あのIT社長とは大違いだ、と皮肉を述べながら笑ったマルコを見て、そうでしょう!?すっごく性格がよくて明るくて温厚でユーモアもあって、と頼まれてもいないのに興奮しながら彼をアピールしていると「うるせェ」と辛辣な反応が返ってきたのは言うまでもない。



◇◇◇


数日間にわたる撮影を終え、早朝の便に乗って帰国し、そのまま空港から別の仕事へと向かう。
サプライズが舞いこんできたのは、届いたメッセージを車中でチェックしているとき。
未読欄にサッチの名前を見つけ、ぎゃあっ!と奇声をするととなりにいたマルコが、うお、と驚きの声をあげて体をびくつかせた。
いつもだったら小馬鹿にして笑うところだけれど、今はそんなのどうでもいい。文字に目を這わせることに必死だ。

“帰国したみたいだな! 突然だけど今夜、うちの店で友達の誕生パーティをやるからもし時間があれば遊びにきてくれ。つっても仕事詰まってるよなー。
ま、月曜会えるし楽しみはとっておくことにする! またな”

片想いの相手からこんなメッセージをもらって、微動だにしない女はいない。
脳内は瞬時に、これからの予定と終了時間など諸々を予測・計測する。
あいにく、後日にまわせるような仕事ではなかったので、少しでもはやく終わるように全力を注いで集中するしかない。
遅くなるかもしれないけど、必ず行く!とメッセージを打とうとして、ちょっとしたいたずら心が芽生えた。どうせならサプライズにしよう、と画面をブラックアウトさせる。


◇◇◇


仕事を終え、花とワインを抱えウエストビレッジで車を降りたいま現在の時刻は、23時をまわろうとしていた。
不安と期待を抱えながら、小走りで店のほうへ進むとまだ明かりはついている。ちらっと店内を覗くと、数人で談笑している様子が見えたので、そのまま勢いにまかせることにした。

「お誕生日おめでとうっ!!」

ばーんと扉をあけて入場。メインの大きなテーブル席には、サッチを含めた4人の男性が座っていて、その全員が夕方のマルコのように体をびくつかせた。
メイン以外の席にもお皿やグラスが置かれているのを見たところ、当初はもっと大人数いたのだろう。

「なっ……エマ!? 来てくれたのかよ!」
「びっくりさせようと思って返事しなかったの! 遅くなってごめんね。で、聞くの怖いけど今日の主役はまだこのなかに……」
「主役はハルタ! あのグリーンの服の奴な! おい野郎ど、も…………」

テーブルに残された3人全員が私たちのほうを向き、目をまんまるくさせて、顎が外れるんじゃないかってくらい口を開けている。
顔も服も雰囲気もちがう3人が、まったくおなじ表情をして並んでいるのが妙におかしくて、口元がゆるんでしまう。

「……悪いなエマ」
「ふふ、慣れてるから大丈夫」
「あー……おめェら。言いたいことはわか、」

牽制しようとしたサッチを圧倒して、3人は一斉にイスから立ちあがって突進してきた。

「はじめまして! ハルタだよ、今日の主役!」
「うん、はじめまして! エマよ」
「知ってる!」
「お誕生日おめでとう」
「ありがとうエマ!」
「おれはエース! よろしくな!」
「エマよ。よろしく!」
「知ってる知ってる!」
「闇のなかで女神に出会った気分だ。はじめまして、ビスタだ」
「はじめましてビスタ。エマよ」
「もちろん知ってるさ」

挨拶を終えても、そわそわと立ち尽くしている彼らは、遠慮しているのかなにも深く聞いてこない。でも私とサッチをちらちら見る瞳に歓喜と好奇の色が宿っていて、興奮を必死で押し殺しているのがわかる。なんだかとても可愛らしい。
あ、そうだ、と途中で買った花とワインを今日の主役に渡すと、子どものような無邪気な笑顔で喜んでくれた。

「よーし、おまえらとりあえず座れ。エマも来てくれたことだし改めて乾杯すんぞ!」

3人の背中を押しながら、サッチは私に向けて申しわけなさそうに目配せをした。
ウインクでハートを射抜かれるなんて、古い迷信だと思っていたけれど、なるほど。威力は絶大だ。


to be continued.
thanks/alphabeta

Afterword


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