社長の長話を聞く朝礼ほど、一日のなかで苦痛な時間はない。
大会議室で毎朝行われるそれの整列順は最前列が入社一年目、そこから後列になるにつれて社歴が長くなっていく並び方だ。目の前に広がる後頭部たちが年々増えていくのと壇上に立つ社長の姿が遠ざかるのを見て、私もよくここまでやってきたもんだなと改めて思う。隣の、この男に対しても。

「・・・ちょっと。眠そうな顔やめてよ」
「元々だよい」
「声が大きい・・・!いいから黙って話聞いて」

無茶苦茶言うなよって顔をしながらも黙るマルコは、同じ部署で同期として残っている唯一の存在だった。ひとり、またひとりと離脱していくなか長く戦友として切磋琢磨してきた私たちは、上司に理不尽なことで怒られた日や初めて実績を掴み取った日、上に聞かせられない愚痴や下に聞かせられない泣き言、職場で起きた出来事はすべて共有してここまで一緒に進んできた。ふざけるときは思いっきりふざけて、真剣なときは本気でぶつかりあう。尊敬しあい、信頼しあう対等な関係は私たちに絆を生んだ。と個人的には思っている。

「マルコー!」
「なんだよい」
「昨日打ち合わせで使ったサンプルのデータ欲しい」
「お前のフォルダに投げとくよい」
「ありがと!」

「ナマエー」
「はーい」
「今朝言ってた書類どこに置いた?見つからなくてねぃ」
「あ、ごめん置くの忘れてた。ははは」
「・・・。早く寄越せよい」

そんなときに突然上司から命令が下った。業績が思わしくない地方支店の手助けをしてやってくれと半年の出張を、私に。
その県てどこにあるの?というような地域に行くなんて嫌だと抗議したものの、もう決定事項、上手くやれば早めに切り上げてやると言われたら観念するしかなかった。まあ一生そこで働けというわけでもないし、さっさと実績残して戻ってくればいいだけの話なので考えてみればたいしたことでもない。
都会を離れたのはその話を聞いてわりとすぐだった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「マルコーちょっとこっち来てこれ見てもらえる?」
「・・・・・・ナマエさん、マルコさんはいませんよ」
「あ!ごめん・・・!」
「何回目っすかー!?」

ははは、と湧き上がる事務所。
名前を呼び間違えたならまだマシだ。だけど私は完全に「マルコがそばにいる」感覚で呼んでいた。しかもこれで何回目か分からないほど。


「順調か?」
「うん。それより遊びに来てよー休みの日とか退屈で気が狂いそう」
「そんな暇ねェよい。諦めて仕事に励むんだな」
「冷たい男だよねほんと」
「お互い様だろい」
「いつか絶対出し抜いてやる」
「ははっ、こっちの台詞だ」

電話の向こうの声はいつもと何ひとつ変わらないのになぜか懐かしく感じ、恋しさを抱く。同時に底知れない寂しさも襲ってくるから、珍しく弱気になってしまう自分が自分じゃないみたいで。ああ、これは情緒不安定というやつだろうか。
別に仕事自体はつらくない。改善と向上の余地は存分にあったし、皆あたたかく迎え入れてくれて人間関係も良好そのもの。だったら何がそんなに私を悲しませるのだろうか。慣れない環境のせい?友人どころか知り合いもいない、戦友もいない場所でひとり過ごすことが私をこんなふうにさせてるのだとしたら、いったい今までどれだけ甘えてきたというのだろう。

「なんかさー・・・マルコがいないだけでこんなに寂しくなるとは思わなかった」
「お、珍しく素直だねぃ。田舎の綺麗な空気に心が浄化されたか」
「否定しない。マルコも浄化したら?」
「これ以上クリアになったら消えちまうよい」
「消えてもいいけど今抱えてる仕事ぜんぶ片付けてからにして」
「ははっ」

十日に一回程度のマルコとの電話がこっちに来て唯一の楽しみだった。くだらないことを話すだけでも寂しさは緩和して、また明日から頑張ろうと気分が晴れる。
別にそれ以上のものなんて望んでなかったのに、そのうち仕事を終え会社を出ると目の前にいるはずのない姿があるから。


「な、どうしたの・・・!?」
「遊びに来いって言ってただろい」
「や・・・言ったけどまさか本気で・・・」

変わらない姿。当然だけどそれがものすごく嬉しくて、ほんの少し張っていた心の糸がゆるりと静かにたるんでそこに嬉しさの糸が絡みあう。どうしよう泣きそうだ。

「泣くなよい」
「・・・まだ泣いてない」
「おれがいなくてそんなに寂しかったか?」
「寂しいよ!」

事務所で何回もマルコの名前呼んじゃうしどこに行ってもマルコが一緒だったらきっと楽しいのになとか思っちゃうし、これまでまったく意識しなかったことにまでマルコを絡めちゃうしもう意味わかんない、と涙混じりに文句をぶつける。


「これじゃまるで私がマルコを好きみたいでやだよ!」
「好きなんだろい」
「そんなわけないでしょ」
「あるよい」
「ないってば!馬鹿なこと言わないで」

いつもみたいに、無茶苦茶言うなって顔してマルコは肩を揺らす。腕を伸ばしてふんわり私を包み込むマルコは、酔ってじゃれ合ってくるときのような強引さは微塵もない。見たことも感じたこともない新鮮なマルコだ。

「ナマエ」
「なに」
「そういう目で見たこと、お互いまったくねェだろい?」
「当たり前でしょ」
「突然、ハイじゃあ付き合いましょうっていうのも違和感あるから、」
「ありまくりだよ」
「少しずつ、」
「・・・うん」
「先に進んでみねェか?」
「・・・・・・うん」
「おれたちは一緒にいた方がいいよい」
「・・・うん」

なにこれどんな展開。呆れ笑いがこぼれそうになるけど満更でもなかった。
職場での最高のパートナーは、私生活でも最高のパートナーになりうるだろうか。尊敬しあい、信頼しあう対等な関係をそこでも築けたらきっと私たちのあいだにはまた新しい絆、そして愛が生まれるだろう。

私の心余すとこなく貴方にあげる

thanks/誰そ彼