たったひとりの男を何年も想い続けているなんて、馬鹿げてる。世界には星の数ほど男がいて、そこに自分にとっての最上級がいるかもしれないのにそのチャンスを掴もうともせず、ひとりの男だけを想うなんて。 これは友人に向けた言葉ではなく自分に向けた言葉だ。 「あ、訂正。チャンスを掴もうとはした」 「でも続かない」 「正解」 「馬鹿な自覚はあるのね」 「それ以外なにがある?ああ、重い女」 自虐の台詞はときに私を慰めてくれる。吐きだすことによってすっきりすることがこの世にはたくさんあるんだ。 それなのに、私のマルコへの気持ちは何年経っても心に留めたまま。本当に馬鹿げてる。 「いい加減伝えなさいよ」 「それが出来ないから困ってるの」 よくある話だ。 単純に今の関係を壊すのが怖い。 マルコは私を最高の友人として見てくれているのだから、この気持ちを口にすればきっとこれまで通りいられなくなる。やさしい男だから表面上は上手く取り繕ってくれるだろう。でもたぶん私は耐えられない。 愛だの恋だのには大抵いつか終わりがやってくるけど友情なら、ちょっとやそっとでは終わらない。長くそばに居られることを望む私としては、友情ルートを選ぶのが正しい。 何よりも幸いなのは自分の選択能力が優れていることではなく、マルコは仕事に生きる男と呼ばれここ数年特定の誰かの存在はないということ。 「別に意地悪言うつもりはないけど。こんなのいつまで続けるつもり?そろそろいい歳だよ」 「それ意地悪にしか聞こえない」 「真面目に聞いて。私はナマエに幸せになって欲しいの」 油断してるとあっという間に誰かにとられるよ、と愛をもって咎めてくれる親友には感謝してる。でも考えたくないんだ。私がアクションを起こしてどうにかなることも、マルコが知らない女の人と笑い合ってることも。 放り投げたスマートフォンがまた震え、何かまだ言い足りないことでもあったのだろうかと画面を見ると話題の人物名が表示されている。すごいタイミングだなと思いつつ、共通の友人の結婚祝いをどうしようか話そう、と昨日メッセージが入っていたことを思い出す。 「もしもーし」 「いま大丈夫かよい」 「うん」 「来週、あいつに会うだろい?そのときに何か気の利いたもんでも渡そうと思うんだけどねぃ」 「私もそれがいいかなって思ってた」 「んじゃ待ち合わせ前に一緒に買いに行くか」 「そうだね。何が良いかなー悩むなー」 定番の物もいいけど、ちょっとサプライズ感も欲しいよね、と贈り物の話と待ち合わせ時間などを決めて電話を切った。 「マルコ!お待たせ」 「時間あるから、お茶でもして行かねェか?寒ィだろい」 周囲はおれを仕事に生きる男だなんていかにも格好の良いレッテルを貼るが実際は、気心知れた長年の友人への想いをこれまた長年ひた隠しにしている、ただの情けない男。この笑顔を見るたびにそんな自分を罵りたくなるが、行動に移すことも言葉にすることもできないほど壊したくない関係、大切な存在というやつになっていた。 ナマエはおれを最高の友人と見てくれているだろう。それが長年女として見られているなんて知った日には、間違いなく亀裂が入る。友情を保っていればそう簡単に疎遠になることはない。だったら愛の言葉や触れ合いはなくとも、最高の友人として近くにいる方がお互い好都合だろう。 「マルコと二人きりで出かけるの久々だねー」 「あの映画以来か?」 「そうそう、半年くらい前・・・あっ違う。先々月に二人でランチ行ったじゃん」 「あーそうだったねぃ」 「それにしても結婚かー。旦那さんもいい人だし、本当良かったよね」 「あいつには勿体ねェくらいだよい」 「それ本人の前で言う勇気ある?」 「電話で言ったら怒ってたなァ」 「目に見えて想像できる」 ソファ席に座って気兼ねない会話をする。これが家だったりしたらお互い緊張したりするのだろうか。いや、ナマエに限ってそんなことはあり得ない。 そう考えたらほんの少し悔しさが芽生えて、あることが浮かんだ。 ずっと秘めていたひとつのこと。今ここで話題に出しても自分なら笑えるネタに出来るだろう。 「ナマエも結婚に憧れんのかよい」 「そりゃあもう、いつかはしたいよ」 「へェ。お前覚えてるか?五年前に言ったこと」 「え、なに」 目の色が変わったようなマルコとその言葉に少し胸が跳ねる。五年前といえばたぶん私がマルコを意識する前だけれど何も出てこない。頭の中は疑問符だらけだ。 「あと五年経ってもお互い一人だったら、マルコ私と結婚してね。って言ったんだよい」 酔ってたけどな。そう肩を揺らすマルコに今まで長年保ってきた平常心が乱されそうになる。内心慌てながらも、なにそれ覚えてないとけらけら笑うしかできず、思ってもいないことが口から飛び出てくるから本当うんざりする。 「そろそろ五年だよい」 「このままだとマルコ私をもらうしかなくなるよ!?早く誰か見つけないと!あはは」 「・・・誰も作る気はねェ」 「え?」 「いつまででもいい。最後はおれがもらってやるから安心しろよい」 ゆったりとした笑顔を見せたマルコに今すぐ抱きついて、好きだと言えたらいいのに。この気持ちを伝えられる勇気が欲しい。 そろそろ行くか、と席を立ったマルコの広い背中を見つめながら馬鹿な私な強くそう願う。 冗談のようにしか言えない。情けなくて、愚かだ。今すぐこの想いを伝えられたら結果はどうであれ楽になれるだろう。それでも、たとえ苦しもうともまだこうして顔を合わせて笑い合いたい。 いつかその欲が無くなるまでどうか、誰のものにもならずにいてくれと強く願った。 できれば君を奪いたい thanks/NNGN |