手の掛からない男。
息子、兄、弟、恋人、例えどんな立場であってもマルコは手の掛からない男だと思う。
感情的になることは滅多になく、いつだって周りをよく見て過ごしている。生まれ持った性格と現在の地位がそうさせ、直接聞いたことはないけれど本人は時折窮屈さを感じているのを私は知っている。


「エース。寝るなら部屋で寝ろよい」
「寝ねェ〜・・・まだ食うしまだ飲む・・・」
「おい誰か部屋まで連れてけよい」
「いーじゃねェか放っておけば」

仲間の非情な言葉に舌打ちを鳴らし、エースを抱えあげる逞しい腕。その背中に垂れ下がった頭からトレードマークの帽子が落ちたことに気付いたので、そっと拾い後をついていく。

「・・・あァ、落ちちまったか」
「その辺に転がしておけばいいのに。人がいいよね」
「優しいって言えよい」
「優しいのはお人好しなマルコに付き合う私だと思う」

自分を差し置いてでも仲間を優先するその性格。いったいマルコはこれまでの人生でいくつの言葉を呑みこみ、いくつの我慢や諦めを余儀なくされてきたのだろう。そりゃあ私も小さな子どもではないからある程度の、いわゆるオトナの対応という力を発揮することだってある。でもマルコは常に、どんなときもその力を発揮してるから。
静かな廊下にはエースの鼾と私たちの控えめな足音が響いていた。
散らかった部屋の奥、大きな子どもをベッドに寝かせて枕元にそっと帽子を置く。まるでサンタクロース役の両親になったかのようだ。
「このまま部屋帰って飲み直すけど、来る?」
小声でそう聞けば二つ返事で頷いたマルコ。前はそんなことをよくしていたけれど、ここ最近クルーの数も増えたしお互いそれなりにチームをまとめる立場にいるので何だかんだであっという間に一日は終わっていくから、余裕ある時間はほとんど取れずにいた。



「最近どうなんだよい」
「忙しい。ねえナース増やしてくれない?今の人数じゃ回らなくて」
「顔もスタイルもとびっきりの上等で医療知識も兼ね備えてるってだけでも希少なのに、そのうえ海賊船に乗る度胸がある女・・・探すのがどれだけ大変か分かって言ってんのかよい」
「分かってるけどそこをどうにか・・・!皆休みなく働いてくれてるからさ、そろそろ不満が堪ってくる頃かなって。女の不満が蓄積されていくほど怖いものはないよ」
「あー・・・そりゃ一理あるな」
「でしょ。ちょっと考えてみて」

そこからも話題はほとんどが仕事のことだった。次の島では何をどれだけ補充しないといけない、だったらその隣の島が充実しているから変更を考えよう、怪我をした隊員の治療経過や父の健康状態について。島にでも寄った後ならいくらでも話すことはあるのに、あいにく一ヶ月近く海の上のため仕事以外では大した出来事もない。盛り上がりには欠けるけれどそれでも気兼ねなくグラスを交わせる関係はとても心地が良かった。



私が危惧していたことが起こったのはその翌日。
船尾のほうでクルーと話し込んでいると奇襲を受けたのか周囲が急に騒がしくなった。私は非戦闘員のだから早いところ船内に戻らないと、と甲板を横切ろうとするも、すでにいくつかの銃弾が飛んでいる。
さっきまで穏やかな表情で話していたクルーもすぐに愛銃を取出し反撃を始めた。

「ナマエ、中に戻るぞ。ついてってやる」
「おーいこっち側に手ェ貸してくれ!ウチに仕掛けてくるだけあって結構な顔が揃ってやがる!早ェとこ片付けねェとやっかいだ!」
「くそっ・・・他の野郎はどいつもこいつも船首のほうか・・・」
「大丈夫だよ、一人で戻れるから気にしないで」
「・・・分かった、敵さんは抑えとくから安心しな。流れ弾にだけ気ィつけろよ」
「うん分かった」

怒号や銃声が増えてくる。船首の方はこっちよりも数段騒がしそうだ。
戦場には慣れているので特別恐怖や焦りを感じることはない。じゃあ通りまーすと呑気にひとりごとを呟き、小走りで通り抜けようとすると突然体を攫われたので驚いた。

「っぶねェ・・・!何やってんだよい、こんなところで」
「わっ・・・!マルコか!敵かと思った。タイミング悪くて戻るの遅れちゃった」
「随分呑気だねぃ。中まで送るよい」
「うん、ありがとう。邪魔してごめんね」

違和感をおぼえた。最強ボディガードの登場に、胸の奥がそわそわする感覚。素敵な男性と出会った時のような期待に溢れる新鮮な感情に、少しだけ似ているそれをマルコに抱くなんて私の人生では前代未聞だ。
本当に、少しだけ、戸惑いながら無事に船内まで到着するとマルコはまたすぐに甲板に出て行き、それから程なくして敵を蹴散らすことに成功。
それなりの顔触れだっただけあり若いクルーたちは重症ではないものの怪我を負った子が多く、甲板でその手当に追われていると同じナースであり親友の同僚が寄ってきた。

「ナマエ、ちょっといい?」
「どうしたの?」
「絶対言うなって口止めされたんだけど、マルコ隊長怪我してるわよ」
「えっ?!」
「イッデェエエ!!もうちょい優しくしてくださいよっ・・・!」

辺りを見回してその姿を探すも、見つからない。
後を任せて急いでマルコの部屋へ向かう。能力的に怪我をするなんてそうそうあり得ることじゃないのに、何があったんだろうか。しかも口止めまでするなんて。

「マルコ入るよ!怪我してるの!?」
「女に口止めするおれが間違ってたよい・・・」

額に手を当ててさぞ後悔してる様子。
かまわず近づいて捲し立てる。

「どこ?!見せて!能力で再生できないの?!大体マルコが怪我なんて、どんな不意をつかれ・・・」

あのとき、私の体を攫ったとき。思い返せば一瞬苦しそうな声をあげていたような気がする。

「ねえ、まさかあの時、」
「違ェよい」
「うそ。マルコは嘘つくとき絶対首元触るの、気付いてないの?」

観念したように深いため息が聞こえてくる。

「あー・・・いいんだよい。おれが勝手に庇っただけだ」
「なんでそんなことするの?!私のことより自分のこと考えてよ!いっつもそうやって人のことばっかり優先するからいつか絶対こんな日が来ると思ってた!まさか相手が自分だとは思ってなかったけどっ・・・!ねえ、こんなことして万が一マルコの身に何か起きたらっ・・・」
「んな縁起でもねェこと、」
「どれだけ心配してるか分かってる?大体マルコはいっつもそう」

もっとわがまま言ってよ。
私たちを困らせてみてよ。
海賊ならもっと、自由になりなさいよ。
思いのままに声を荒げた。

「ナマエ・・・」
「だから言ったでしょ、女の蓄積される不満ほど怖いものはないって。どう?ナース増やす気になった?」
「ははっ」

ベッドに座ったマルコは少しだけ私を見上げて笑った。

「海賊ならもっと自由に、ねぃ・・・」
「マルコは隊長だし、色々立場とかもあるのも分かる。皆に言えないんだったら私には言って。弱み握ったーとか言って揺すったりしないから」
「そんなに必死になるなよい」
「必死になるわよ!だって、」

マルコは大切な存在だから。
家族の誰よりも長い付き合いで、お互いの良いところも悪いところも全部知り尽くしてる。仕事上でも頼りにし合っているし、独りよがりかもしれないけど、私はこの関係を密接なものだと思っている。
何故か、それを口にはできなかった。


「・・・傷見せて」

躊躇いながらシャツをめくるマルコ。覗いた右わき腹には浅めながらもしっかりとした傷ができあがっていた。

「流れ弾が掠っただけだよい」
「・・・ごめん」
「謝るなっての」
「・・・ごめん」
「お前が無事で良かった」
「・・・・・・能力で再生、できないの?」
「深い傷じゃねェしな。お前を守った勲章ってことにしとくよい」

ごく稀に見せる子どものような笑顔。
ああ、またこの感覚。長年の仲に今さら彩りを足すのはつまらないことだろうか。



「守ってくれてありがとう。それとこれは私のお願い。マルコも手の掛かる男になって」

恋愛かどうかは今はまだ置いておこう。
それでもマルコに対するこの感情は紛れもないものだから。


私はこれを愛と呼んで愛でたい