殴りつけるような雨音で目覚める。
窓の向こうは寝起きのさだまらない視界でも分かるくらいの大きな雨粒が降り注ぎ、グレイに澱んだ空が広がっていた。
ふと隣を確認すると、上から私を見下ろしている視線とぶつかる。にっこりという表現がぴったりの笑顔に釣られて笑ってしまった。

「ふっ……やだもー、いつから起きてたんですか……」

髪に口づけの感覚。いつだろうねぃ、そうとぼけた声とともにマルコさんはするりとベッドを抜けた。

「喉渇いた」
「……私も」
「持ってきてやるよい」
「んーん、行きます……」

眠気と闘いながら後を追ってキッチンへ。手渡されたグラスを持ってぼうっと立ち尽くしている私を余所に、マルコさんはすでに移動しながら喉を潤しソファに腰を沈めていた。

「こっち来いよい」

はーいと心の中で返事をしつつ、またも後を追う。
雪崩れ込むように抱きつけば、どこから出したのかブランケットで包み込んでくれて、規則正しいリズムで背中に手のひらが当たる。マルコさんのあたたかい体温とふわふわブランケットの挟み撃ちはずるい。
まだ寝てろよい、優しい声がそっと届いたので素直にふたたび瞼を閉じた。





◇◇◇◇◇◇


はっと目が覚めるとマルコさんの姿がない。
音量が控えめになっているテレビには、ランチグルメ特集のテロップが表示されていた。


「タイミングいいねぃ、ちょうどできたよい」

向こうのキッチンから流れてきた声。むくりと起き上がってそばに寄ると、色鮮やかなナポリタンがフライパンからお皿に移動しているところだった。
隣のマルコさんは少し屈んでキスをせがんでくる姿勢。おはようのキスか、ご褒美のキスかどちらかは分からないけれどたまに見せるこの大人と子どもが混ざったような行為は、ひそかに好きだったりする。
今はまだ言わないでおこう、と思いながら差し出してきた頬に唇を落とした。


「ごめんなさい、つい寝ちゃいました」
「いいんだよい。こんな天気だから今日は家でゆっくりするのが正解だ。腹減ったらすぐ食えるようにと思って作ったんだけどねぃ、どうする?寝起きだしもう少ししてから食うか?」
「いま食べます!お腹空いて目覚めましたー」

モノトーンのガラス製ダイニングテーブルに置かれたマルコさんの手料理。向かい合っていただきますと声を揃えた。

「……ん、美味しい!」
「そうか?良かったよい」

そりゃあ昔ながらの喫茶店で出てくるあの味とは違うけれど、感想に嘘はない。
ケチャップの素朴でどこか懐かしさを感じる味。ああ、そういえば子どもの頃、休日のお昼にママが作ってくれたなあと遠い昔を思い出す。


「あ、でもなんでナポリタンにしたんですか?一番の得意料理?」
「んー好きなんだよい。たまに食いたくなる」

一瞬はにかんだ表情を見せ、若い頃は安くて腹にたまるし調理もしやすいから、よく作って食べてたんだと理由をつらつら並べるけど全然隠しきれてない。


「……マルコさん、それよりこのケチャップ味が純粋に好きなんでしょ」

だってなんかすごく嬉しそうに食べてる。
突っつくように茶化すと恨めしげな視線を寄越してくるから、当たり!と心の中で小さく拳を握る。


「…………肉も魚も洒落た料理もガード下の屋台も好きだけどねぃ」
「はい」
「一番の好物はいわゆる、」
「いわゆる?」
「子ども、が……好きな料理だよい」
「子ども?」
「…………ハンバーグ、オムライス、カレー」
「ああ!なるほどー」
「……笑わねェのか?」
「え?笑いませんよ。ちょっと意外ですけど」

私でなくマルコさんが笑った。
ギャップがあって可愛らしいじゃないか。それに高級フレンチが好きだなんて言われたら、私の手料理を披露するのは一年くらい先になってしまう。


「そうだマルコさん。そろそろ平日の外食控えませんか?」

初めてマルコさんの家に泊まった日から半月ほど過ぎたけれど、週の半分以上一緒に過ごしている。私が会社を出る頃に車で迎えに来てくれて、食事をしてマルコさん宅に揃って帰宅という流れだ。

「なんだよい。飽きたか?」

ほとんど毎晩続く外食に健康面が気になって仕方ない。そして支払いだ。マルコさんほどの人に私なんかが支払いを申し出るのは逆に失礼だということは、もちろん分かっている。しかし仕事でもない恋人関係で、こうも毎晩毎晩ごちそうになっているのも少し気が引けるのだ。

「飽きたんじゃなくて、」

たまには私が、の申し出は当然のように断られて、それならと隙をついた作戦も店員に「いただいてます」と断られる始末。きっと根回しか何かしてるんだろう。私に出させる気は皆無とみたので、こちらも作戦変更を余儀なくする。

「毎晩外食だとカロリー気になるし、何より私もマルコさんのために美味しいもの作りたいなーって」

嘘ではない。要は言い方だ。

「まァおれもNameの手料理食ってみてェしな。そしたら、Nameが疲れてない日は作ってもらおうかねぃ」
「うん!そうしましょう!」

勝った!と本日二度目、心の中でガッツポーズをして残りの一口分を堪能する。

不揃いにカットされたベーコン、玉ねぎ、ピーマン。ちょっと酸味の強い味。大雑把な男料理だけどどんな高級レストランのメインより美味しかった。そして休日のお昼に食卓を囲むのは、普通の関係ではなかなか出来ないこと。
なんにも特別じゃないけれど、なによりも特別な時間が愛おしい。
これは恋をしたことのある女性なら誰もが一度は感じたことのある気持ちだと思う。


to be continued.