時間がない!と一階コーヒーショップを泣く泣く素通りした朝。色々急いで済ませたら逆に時間が余ったので、再度エレベーターに乗り込んでお馴染みのドリンクを買いに出る。 「いらっしゃいませ!」 「おはよー!時間なくてさっき寄れなかったんだけど、意外と早く準備終わったから来ちゃった」 「急いで通って行くの見えましたよー、あはは」 「もう朝はさー……あれ?ちょっとロー、なにのんびりしてんの」 近くの席でゆったり寛いでいる姿を見つけた。あと十分もすれば毎朝恒例のミーティングが始まるというのに、いつまでここに居るつもりだろうか。 「そろそろ時間だよ」 「眠ィから不参加で」 「それが通るなら私もそーするわ」 くだらないキャッチボールをしながら代金を支払う。ドリンク受け取り場所まで移動しながら二言、三言投げて急かすとどうにか立ち上がってくれたので私もその後店内を出て、タイミングよく到着していたエレベーターに乗り込んだ。中は手前に顔なじみの女社員、奥にはローの二人だけ。始業時間をまわったばかりで大体がデスクについている頃だろう。 「Nameさん、おはようございます!」 「おはようございます!久しぶりですね」 「本当!最近全然会わないですよね。……あ、そういえば昨日大丈夫でした?」 「昨日?」 「社長が突然うちの課に来て、匿ってくれとか言い出したので。私会議があったからすぐに部屋を出ちゃったんですけど」 「あーそうそう、内線もらえたのでその後どうにか捕まえましたよ!お騒がせしました」 仕事は忙しいか否かなどの当たり障りない会話をし、途中のフロアで降りていくのを見送る。背後にいるローとの会話も特になく、目の前に並んだボタンをぼんやり眺めていると唐突に後ろ髪を引っ張られて。 「うわ、なに」 私の本能かなにかそれっぽいものが察知したのだろう。振り返りつつ反射的に、持っていたカップを顔の前まで持ってきて守りに入る。すると案の定カップひとつ隔てた先にはローの整った顔が。 「……何だこれは」 「こっちの台詞だよ」 「…………」 「二度とその手には乗らない」 エレベーターで二人きりの場面、この男には前科がある。これで踏まれないだけマシでしょ、とマノロを見せたところで扉が開いたので今度は私の勝ちだ。まったく油断も隙もない。 朝のミーティングを終え、午前中は社長も私もデスクワークで大きな仕事といったら午後のウェブ会議のみ。もちろん、細々した打ち合わせは入っていてもすべて社内のことなので比較的今日はゆるいスケジュールだ。 「ルッチ。これ昨日言ってたデータ。重くてサーバから引っ張るの大変だろうから、こっちに移したの」 「ああ、助かる」 「それと進捗聞きたいんだけど、」 鳴り響く電話の音。キーボードを叩く音。笑い声、怒鳴り声、たくさんの声と音が入り乱れているこのフロア内でルッチの近くだけ妙に静寂な空気が流れているような気がした。 道を開けてくれたあの日、荷物を取りに戻った際改めてお礼と事の結果だけ伝えてからは踏み込んだ話は一切していない。当然のことだ。 「オッケー、ありがとう。じゃあ引き続きよろしくね」 「ああ」 なので、ルッチからの突然の言葉には少し驚いた。 「あいつとは上手くやってるのか」 片手で頬杖をついて、もう片手はマウスを握って鋭い視線は画面に釘づけ。 「うん。おかげさまで」 「……人生最後のモテ期を呆気なく終わらせるとはお前も馬鹿な奴だな」 「き、今日も皮肉絶好調でなによりっ……!」 普段通りの仕草。声色。皮肉。どれもがルッチなりの気遣いだということを分かっている。 「ルッチ。本当にありがとう」 謝罪はあの一度で十分だろう。こちらとしては何度も口にしたくとも、ルッチは望んでいない。私がそれを口にすればするほど、彼のプライドに切り傷がつくかもしれない。 謝罪よりも感謝の言葉。そして今の私の気持ちを伝えたいと思った。 「ねえ」 「なんだ」 「例えばさ、マルコさんと半年ぶりのデートの日にルッチが仕事でミスって落ち込んでたら。私迷わずマルコさんにキャンセルの電話入れて、ルッチを飲みに連れ出すよ」 それは償いなんかじゃない。 私にとってルッチは今までもこれからも大切で特別なんだ。友人であり、ここまで苦楽を共にした同志である唯一の存在。例え身勝手だと思われようとも、それを分かっていてほしかった。 私に釣られたのか、ほんの少しだけその唇が弧を描いたのを見てデスクに戻るとメッセンジャーのポップアップが出ていて「その日は三ツ星レストランだ」の一言に思わず笑みがこぼれた。 ◇◇◇◇◇◇◇ その夜、私とマルコさん、サッチにエースにカクにローといったメンバーが会社付近のダイニングバーに集まった。というのも一緒にランチをしていた際にサッチが「マルコと久々に飲みたい。今夜行かねェ?聞いてみてよ」と言い出したことから始まった。 グラスを手に取って、お疲れ!とぶつけ合う。 「マルコと飲むのひっさびさだなァ〜!」 「そういや一時期はよく飲み歩いてたねぃ」 「なっつかしいな!あの焼き鳥屋まだやってんのかなー今度行ってみようぜ」 「最近雑誌で見かけたよい。結構繁盛してるらしい」 「腹減ったー肉まだかぁ?」 「まァ待て。さっき頼んだばかりじゃろう」 「もー腹減って死にそうなんだよどうにかしてくれよカク!」 「知らん。酒でも飲んどれ」 「あれ?キッドとパウリーは来ないの?」 「先約があるらしい」 「ふうん。最近キッドと飲んでないなー」 「そういえばあいつ女できたって」 「うそっ!?ちょ、その話詳しく!」 それぞれが好きに喋って、乗りたい話題に乗っかって、良い意味でも悪い意味でも自由気ままという言葉がぴったりの集まり。 当然のようにボトルはみるみる空いていく。 「それにしても、お前らこうしてると全然付き合ってるようには見えないよな。隣同士じゃないからかァ?」 どうせなら秘密の関係にした方が燃えたんじゃね?とけらけら笑うサッチ。 「ワシらからNameを奪った罪は重いぞ。泣かせることがあったら即刻ぶん殴るからのう」 「おれも殴る!!」 「カクちゃんにエース……!あんたたちってば本当可愛い……!!」 「おい待て。さっきから話が見えねェ。誰と誰が付き合ってるって?」 「へ?Nameとマルコ」 「あ?」 「なんでおれを睨むの!?」 涙目のサッチをよそにローは無表情で続ける。 「お前らが付き合ってる?」 「付き合ってるよい」 「うん。付き合ってる」 「ロー、まさかお主知らなかったのか?」 「……」 無言をイエスととった私たち。 エースとカクは笑い、サッチはなぜか焦り顔。私は特に気にせずグラスを傾け、マルコさんは得意気な声をあげる。 「ははっ!悪ィな、ロー」 「テメェ……」 「待てロー!お前は元々望み薄だったんだ!今さらどうこう騒いでも仕方ねェんだよ!なっ!?」 「わははは!サッチそれフォローになっとらんぞ!」 「あっ、そこのオネーサン!この肉料理うまいから追加してくれ!」 なんだこれ。 めんどくさいもう帰りたい。と思ったもののそう上手くは抜け出せず。結局は楽しみながら閉店まで居座り、エースは眠いからと言って帰宅。あとの三人は次のお店に行ってマルコさんと私は二人で酔い覚ましとして深夜の街を歩く。 「たまにはあいつらと飲むのも楽しいねぃ」 「気楽で良いですよねー」 「あー……そうだName」 「はい」 「ローのこと。警戒しろとは言わねェが、油断しすぎるなよい。心配になる」 「あはは、本気でどうにかしようとは思ってないはずですよ」 「おれのときもそう思ってたんだろい?」 「あーまあ、そうですけど……」 「でもおれは本気だった」 仰る通りだ。でもローに関しては、構ってほしくて仕掛けてくる子どものようなもの。その程度にしか捉えていない。これが油断というやつなのか。 「言っとくがおれはわりと嫉妬深いんだよい」 うっわそんなマルコさんも見てみたい!とは言えず。 「心配しなくても大丈夫ですよー。マルコさん以外まったく目に入ってきませんから」 そろそろタクシーつかまえます?と隣を見ると、どこか決まりの悪そうな顔をしている。 「マルコさん?酔いました?」 「……いや、全然」 「え?でもなんか……ああ、なるほど」 これ多分、さっきの私の言葉に照れてるんだ!と気付いてしまった。不意打ちとさり気ない感じに弱いのか、そうかそうか。と心のマルコメモに記載する。 「なに笑ってんだよい……」 「可愛いなーと思って」 タクシーに乗り込み、告げる行先はひとつ。 運転手さんの目を盗んでキスをしてきたマルコさんは何かを取り戻すように少し必死で、悪いと思いながらも私の顔から笑顔が離れることはなかった。 かっこいいのも魅力的だけど、可愛いのも捨てがたい。 to be continued. |