目覚めはいつも唐突だ。
いま何時、仕事に行かなきゃ、と一瞬血の気が引いたところでこの状況を理解する。
見慣れないシーツとベッドの感触。大きな窓からおだやかに射し込む陽の光。隣にはこれまた見慣れない表情のマルコさんが小さく寝息を立てて気持ち良さげに眠っているから、起こさないようにそっと辺りを見回す。
目に入った壁掛けの洒落た時計はまだ六時を少し過ぎた頃、予想より早い時間だったのでもう一眠りしようと閉じた瞼に浮かんだのは昨夜の出来事だった。
慣れているのはお互い様。品のない言い方だけれど、それを差し引いたとしても相性は抜群で体を飛び越えて肌と肌の相性が良いというか。好きな気持ちが溢れ出て仕方なかったし、マルコさんも同じだったと思う。一線を超えたことでまた縮まった距離に幸せを感じずにはいられなかった。
それと同時に、恥ずかしさにも襲われるけど。


「…………Name」

ちいさく名前を呼ばれ横を見ると、マルコさんが身動ぎをしつつ腕を伸ばしてくるから反射的に頭を上げる。もう片腕で抱き寄せられて、私の顔はその厚い胸元に埋まった。足も絡められ、抱き枕状態でも温かみを帯びた素肌にひどく安心感を覚える。

「……いま何時だ」
「六時ちょっと過ぎた頃」
「んー……」

言葉になっていない、とろんとした声がめちゃくちゃ可愛くてどうしよう。こんな姿は日常生活じゃ絶対お目に掛かれないから付き合えて本当ラッキーだ、そんな能天気なことを考えていると髪に唇が降りてきた。
顔を上げると、その目は普段よりももっと眠たげな様子でこちらを見下ろし、口元はわずかにほほ笑んでいる。寝起きなだけであって他意はないだろうに、どうも妖しいというか色っぽく見えて思わず胸が高鳴った。そんな戸惑いを知ってか知らずか今度は私の唇を捕らえて。ああ、もう何も言葉が出てこない。


「……眠れたか?」
「もちろん。マルコさんは?」
「眠れたよい……ぐっすりだ」

下に差し込んでいるほうの手がゆるやかに頭上を行き来していて、心地良さのあまりまた眠気がやってくる。なんだか勿体ないからこのまま起きていたいのに。

「Name」
「……ん、」
「すっぴんも可愛いよい」
「……!!」

ぎゃああああと今度は私が言葉にならない声を発して、すぐさま腕を振りほどき背を向けた。
昨夜はあのままソファでああなって、終わって、その後シャワーを浴びるときに一緒にメイクを落として、出たらすぐに今度は寝室に連れ込まれて、またそういうアレになって、終わって、そのまま寝落ちしたからマルコさんも何も触れてこなかったし恥ずかしさを感じる暇もなかったけど・・・!

「み、見ないでください……!!何も塗らないで寝ちゃったし絶対肌の状態良くないっていうか絶対汚いからちょっと待っ、」
「?むしろ綺麗で驚いたよい」

あっけらかんとした口調が背中の向こうで響き、呆気に取られる。

「……う、嘘だ」
「嘘じゃねェよい。Nameのことだからきっと努力してきたんだろ?」

若いうちからきちんと手入れしなさい、と私が十代半ばの頃から口うるさかったママの言いつけを守ってきて本当に本当に良かった。(ありがとう今度美味しいもの送る)
そして仕事だけじゃなく、オフの努力までをも認めてくれるマルコさんに感激。


「なー寂しいだろい、こっち向けって」

シーツが擦れる音とともに、背後から包み込むように抱きしめられて。首筋や肩、背中に触れる柔らかい口づけは昨夜の情事を思い起こすには充分で、それをかき消すように体を反転させまたマルコさんの胸に埋まると頭上で短い笑い声がこぼれた。満足そうな感じだ。


「まだ早いから、もう少し寝ます?」
「一緒にいるのに寝ちまうのはもったいねェよい。目も覚めちまったしなァ」
「……同じく」
「そうだ。すぐ近くにパン屋があるから行ってみるか?パン屋っつーかベーカリーカフェだねぃあそこは」
「わ、大好き!行きたいっ」

早朝に近所のベーカリーショップ、なんて外国映画のようで浮かれる。朝食ならキッチンを借りて私がなにか作ることもできるけれど、最初だし差し出がましいようなことをするのは少し気が引ける。ましてや一線を超えた直後なんて、一晩寝たくらいで彼女ヅラしやがって調子に乗るな、と思われそうで尚更いやだ。誰が思うのかは知らない。完全に被害妄想だけど。

「そこテラス席あります?天気良いからテラスで食べたいなー」
「いいや。テイクアウト一択だねぃ」

あれ、早朝から出たくないのかな。それなら何か作ろうかと申し出たほうがいいだろうか。

「えーっと、もし、」
「家ん中のほうがくっつけるだろい」
「え?」
「こうやってな」
「……うわ、マ、ルコさん!」
「ん?」
「ちょっ……どこ触って、」
「ここだよい」
「だ、めです……!」
「なんでだよい」
「さすがに陽の光に照らされながらはちょっと……!」
「じゃブラインド下げるよい」
「それもそれで違っ、」

面白がって、くすぐるように手を這わせてくるその行為に思わず笑いがこぼれる。大きなダブルベッドの端から端まで存分に使い、じゃれあって笑い転げて、まるで子どもみたいだ。


「ちょっ、もー疲れた……!」
「よし起きるか」
「はーい」

先にベッドから出たマルコさんの姿を、シーツに包まって寝転がったままなんとなく眺める。

「どうした?起きねェのか?」
「起きます……けど、」

さっきまでの距離や空気が名残惜しい、もう少し構って欲しいというこの小さなサインをマルコさんは見逃さなかった。
ふわりとした笑顔でベッドサイドに手をついて覗き込んできて、自分から望んだことなのにあまりにもそれが直球だから気恥ずかしくなってしまう。誤魔化すように首元に手を回して引き寄せると、何も言わずに軽々と抱き起してくれた。
なんだか昨日から些細なことに幸せを感じては浮かれて、いっきに世界が変わった感覚。その世界の中心にいるのは自分なんだけど、自分じゃない他の誰かのような、こういうのを夢見心地というのだろうか。

顔を洗ってリビングに行くと、マルコさんは電話をしながらノートPCを開いて仕事の話をしていた。上半身裸なのを見る限り、突然の連絡なのだろう。


「いや、データ見る限りこの案件に関しては裁判所に…………おいおい待て、なんでそれを早く言わねェんだよい」

なにかトラブルだろうか。大丈夫かな。急遽これから出勤なんてことになったらどうしよう、と嫌な空気を感じながらもマルコさんのさっきまでと現在の変わり様に、思わず惚れ惚れしてしまう。スウェットから少し覗いてるパンツのゴムと、逞しい背中と腰にかけての綺麗なラインが正直堪らない。


「……ああ、おれからも送っておくから確認しろよい。頼んだぞ。……ああ、じゃあ週明けな」

急きょ出勤は免れたみたいで安心した。
邪魔するわけにはいかないから、PCを閉じて笑顔を見せてくれたらとりあえず抱きつこ。


to be continued.