某有名アーティストの曲のごとく、まさに決戦は金曜日。そう、ついに金曜がやってきた。
ちょうど夕方マルコさんと社長の打合せが入っていて、私も確認事項等があったため同席していた。完全に仕事モードになっているからか、いたって普段通りの対応で特別な緊張や気恥ずかしさもない。オンオフスイッチの切り替えが上手い自分を褒めてあげたい。

「あァそうだ。もう一つ別件で報告が」
「ンマーどうした」
「Nameと付き合うことになったんで」
「えええっ!?」

最後の叫びはアイスバーグさんのものではなく私の叫び。つい、あまりの突然な報告に思わず出てしまった。確かにマルコさんが自分で言うとは聞いていたけど、まさか三人でいるときにだなんて思ってもいなかったから。
……さっきの自画自賛が恥ずかしくなってしまう。


「ンマー。だろうなとは思っていた」
「気付いてた!?」
「ははっ、さすが社長だよい」
「おれから女を奪うなんて良い度胸してるじゃねェかマルコ」

ジョークをこぼしてにっこりと目を細める社長を見て安心した。この人に限ってあり得ないけれど、職場の人間とくっつくなんてと軽蔑のような感情を抱かれたらショックだから。
でも、それでも宣言はしなければいけない。

「社長」
「ん?」
「もちろん公私は分けます。恋愛に現を抜かしてると思われるのは絶対に嫌なので、これまで以上に仕事がんばります」

よろしくお願いしますと頭を下げれば、おだやかな顔で「わかってる。頼んだぞ」と返してくれる。この言葉に私は弱いんだ。
打ち合わせが済んで一緒に社長室を出ると、間髪入れずマルコさんが口を開く。

「かっこいいこと言うじゃねェか」
「さっきのですか?」
「公私は分ける、なんだか寂しいねぃ」
「まーたそんなこと言っ……うわ、なにっ……」

先日のようにするりと腕を掴まれて、隣の会議室に引きずり込まれた。
扉の閉まる音が室内に響くと同時に強気な口づけがふってきて、抵抗する間もなく呑みこまれる。

「ちょ……っ、マルコさん」
「見つかったらどうしようかねぃ」
「なに言って、」

恋人だからこそ、会社では明確な線引きをしておきたいのに。そんな私の気持ちを知ってか知らずか、いや多分知ってる。その上でこうして面白がってるんだ。でもいくらマルコさんであろうと会社でこんなことをするのは許せない。

「マルコさん、ちょっ……あと数時間もすれば会社出れるじゃないですか……!」
「その数時間が待ち遠しいんだよい」

やっと少しだけ腕の力が緩む。
悪気たっぷりに私を見るその顔に妙な反発心が芽生える。いつまでもやられっぱなしは癪だ。

「……マルコさん」
「ん?」
「夜まで待てないなんて、子どもみたいなところあるんですね」

可愛くて好きですけど、次会社でこういうことしたら社長に告げ口します。
お得意先の社員に見せるような笑顔で、するりと腕から脱出そして部屋から退出。どうだ見たか、反撃だ。




◇◇◇◇◇◇◇◇


退社後、外で軽く食事を済ませてから買い出しをしてマルコさんの自宅へ行くと、思わず「ここっ?!」と声をあげてしまうほどのタワーマンション。
地下駐車場に並ぶ住人の車はどれも良いお値段であろうものばかりで、ロビーだって有名シティホテル並み。部屋はさすがにペントハウスではなかったけどそれなりの上層階だ。
忘れかけていたけれど彼は弁護士。しかも雇われではなく、自分の事務所を持っていて業界内ではそこそこ有名らしい敏腕弁護士。
もしかして私、とんでもない人と付き合ってるんじゃないかと今になって怖気づいてしまう。

「なんでマルコさんは私を選んだんですか……!」
「突然なんだよい」
「華やかなことは大好きですけど、最終的には豚汁と鮭のおにぎりを買って帰る女ですよ私……!」
「何言ってんだかよくわかんねェよい……」

呆れ顔のマルコさんをよそに、なぜだ……!と軽く混乱する。
エレベーターを上がり、玄関を開ければこれまたすごい景色が広がっていた。玄関の時点でこれなんだから、奥にはブラッド・ピッドでもいるんじゃないかと思ってしまう。

「ここはどこのリッツカールトンでしょうか」
「へェ……誰と行ったんだよい?」
「いやっ、そういう、」
「まあ学生じゃねェし、そういうことになるとしたらそういう場所に行くだろうねぃ。で、いつ誰と何しに行ったんだよい」
「そ、れは今言うことじゃありませんので……!」

靴を脱ぎ揃えて、出されたルームシューズに履き替える。室内用のマノロも買おうかねぃ、なんてマルコさんは冗談めいた口調で言うけれど、この部屋ならきっとそれも様になるだろう。
さすがにハリウッドスターはいなかったけれど景色は圧巻だ。壁一面のガラス窓の向こうにはビルの明かりが煌めき、非日常な雰囲気。大きなソファにテレビ、大きなアイランド型キッチン。こう言ったらなんだけど、室内はほどよく物が散らばっていて少し安心する。これでモデルハウスみたいに余計なものは何ひとつ無いような部屋だったら、落ち着かなくて仕方なかっただろう。
適当な場所に荷物を置き、窓の外を見て惚れ惚れしていると後ろから腕が絡みついてきた。

「Name」

呟くように名前を呼ばれたので、さっそく?!もう?!と内心焦ったけれど。

「小さくなったよい」
「はっ?」
「いつもより背が小せェ」

靴を装備していないとよく言われる台詞。

「あー……まあ、靴脱いで並ぶ状況は滅多にないですもんね、はは」
「可愛い」
「え?」
「ギャップにやられたよい」

ええええ、そんな感じ?!
いや嬉しいけどさ、結構単純なことに喜んだりするんだ。


「ようやく人目に付かない場所に誘い込めた」

だめだ、マルコさんは人の心臓を速めるのが本当に上手い。
これまで私は、付き合ったらもう家族の一員です。空気です。ドキドキは感じません。てタイプだったのにマルコさんに限ってはいつになっても慣れる気がしない。唇を重ねるたびに好きが増していく。歴代の彼には申し訳ないけれど、これが本当の恋かもしれない。
買ってきたばかりの洒落たおつまみとお酒をあけて、ソファで隣同士に座って飲み直しを始める。


「マルコさんて結構甘々っていうか、スキンシップ多いタイプなんですね」
「なんだよい、不満か?」
「まさか!可愛いなーって」
「うるせェよい。今のところNameはあんまり自分から来ねェな」
「私だってこう見えて、付き合うと甘えるタイプというか結構べったりですよ?!でも鬱陶しがられても嫌なので、マルコさんはどこまで受け入れてくれるのか今はまだ見極めてる最中です」
「言ったら意味ねェだろい」
「まあそうだけど……」
「おればっかり好きみたいで寂しいだろい。遠慮すんな、どこまででも構わねェから。むしろ嬉しい」

その言葉を信用して、唐突にがしっと抱きつくと頭上で笑い声が。

「あ、でも最初だけっていうのはやめてくださいね?!三ヶ月後は冷め切ってるのとか!」
「あるわけねェだろい」
「みんな最初はそうやって言うの、私知ってますから……!」
「わかったわかった。じゃあ文句はその時に言ってくれよい」

そんな文句は出ないだろうけどな。とマルコさんはまた笑った。


「それにしても、やってくれたよい」
「なにをですか?」
「夕方、会社で」

数時間前のあれだ、とすぐに理解した。改めて言われると恥ずかしさに襲われるけど、それを見せたらまた面白がってああいうことをしてくる。負けてはいけない。そう決心したのに。

「もう夜になったから、我慢はいらねェだろ?」
「……!」
「やられたらやり返す、おれの鉄則だよい」

背中にスプリングの感触。
マルコさんの向こう側に見える天井のスポットライトが妙に眩しく感じて思わず目をそらした。


「……緊張してんのか?」
「……まさか」
「へェ」
「…………うそ。少ししてます」
「可愛いな」


to be continued.