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忙しい毎日に疲れた方に、癒しの回
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「やっっっっっ……と解放されるー……」
「おつかれさーん」

ロビーにあるコーヒーショップのソファで、今週いちばんのリラックスタイムを得ている。
月曜からなぜか怒涛の忙しさで、毎日疲れ果ててマルコさんと会う余裕はなく。自宅に帰ってシャワーを浴びて死んだように眠る日々をくり返し、やっと金曜の夕方を迎えた。

「今週は久々にきつかった……!」
「ほとんど走りまわってたもんな」
「社長に振りまわされて、ね」

涼しい顔をしたサッチは、タブレットから視線を離さずに笑った。

「週末だし飲みにでも行くかー?」
「やめとく。疲れとりたいからゆっくりするよ」

ありがと、と言うと同時に私用のスマートフォンが鳴った。見てみると、マルコさんからのメッセージ。

「お。マルコか」
「なんでわかるの」
「顔でわかる」
「ふふふ……終わったら迎えにきてくれるって」
「おれもお邪魔しちまおっかなー」
「ほんとうにお邪魔だからヤメテ」

結局、仕事が片付いたのは21時過ぎ、あのリラックスタイムから程なくして新たなトラブルが発生したあげく、別件で私のミスが発覚してルッチに本気で叱られるという散々なオチまでついた。
生気の抜けた様でロビーを抜けると、マルコさんのお出迎えが。

「Name」
「あ、お迎えありがとうございます」
「お疲れぃ」
「ほんとに疲れたー……!あ。ごはんどうする?」
「心配いらねェよい。とりあえず帰ろう」

脇道に停めていた車に乗り込みながら、どういう意味だろうか、と思ったけれど特に深くは考えずヘッドレストに頭をあずける。私がまぶたを閉じていたせいか、マルコさんは特に話しかけてくることなく車を走らせはじめた。




「Name、着いたよい」

頬をすべる手の感触で目を覚ます。

「……あれ、寝てた……?」
「ははっ、なんなら抱っこしてってやろうか?」
「う……お願いしたいところだけどやめておく……!」

手を引かれながらのっそりと車を降り、部屋まで終始ぼうっとしながら移動。手のひらのあたたかさが心地よくて、このまま眠りたいと思わずにはいられない。でも、玄関に入ると意識が強制的に引き戻された。

「なんかいい匂いがする……」
「カレー作ったんだよい」
「……マルコさんが!?」
「ああ。今日は早めに仕事が終わってねぃ。Nameも疲れてるだろうし、家でゆっくりしたほうがいいと思って仕込んだ」
「あ、そういわれてみるとスーツ着てない……」
「今週頑張ってたから、今日はたっぷり労ってやるつもりだよい」
「うれしい……!ありがとう……!」

おもいっきりハグを贈る。その気遣いと笑顔の時点で充分なご褒美だというのに、これからもっと労ってくれるなんて。
支度を済ませてダイニングテーブルにつくと、カレーとサラダと飲み物がきれいに並べられていた。スープも作ろうとしたけれど時間がなくて断念した、と悔しがるマルコさんに、じゅうぶんだよと返す。

「いただきます!」
「召しあがれ」
「……………………おいしい!」
「だろ?」
「しあわせ!」

野菜もお肉も大きい、あいかわらずのザ・男料理だけれどそこがとってもいい!

「カレーってさ、それぞれの家庭の味になるよね」
「たしかに。肉の種類とか、具材とかねぃ」
「うんうん。マルコさんちのルーってドロドロ派なんだね!うちも同じだよ」
「ドロドロ?」
「うん。ドロドロか、サラサラか」
「ああ、そうだねぃ。ドロドロだった」
「あと甘口なんだね。うちは中辛だったけど、甘口もやさしい味ですごくおいしい」
「……あー……」

歯切れの悪い言葉と、どこか気まずそうな表情で察し、つい笑ってしまう。

「……マルコさんの好み?甘口が好きなんだ?」
「……べつに辛いのも食べられるけどねぃ」
「あはは!たしかに、ハンバーグとかオムライスとか子ども受けするもの好きだもんね」

返事はせず、拗ねたようにだまってスプーンを進める姿もかわいい。ああ、もうほんとこれだけで、疲れも取れたし癒された。

「ごちそうさまでした。おいしかった、ありがとう!洗い物は私がやるからね」
「あーいい、いい。やったら怒るよい」
「なにもそんな……!疲れふっとんだし大丈夫だよ」
「だめ。おれがやる」

ああ、これ本気で労ってくれるやつだ……と理解したため、おまかせしてソファでテレビ番組を観る。しばらくリラックスしていると、片づけを済ませたマルコさんがやってきてこめかみのあたりに、ちゅっと音をたてて唇を落としながらとなりに座った。

「風呂の準備できたから先に入れよい」
「はーい。ありが……」
「……ん?どした」
「一緒に入らないの?」
「ひとりのほうがゆっくりできるだろ?」
「えーでもひとり、退屈」
「テレビ点けてりゃいいだろい。それとも音楽に……あーだめ、だめ、そんな顔すんなよい」


きれいなラベンダーカラーに染まったお湯と香り、どこまでも行きわたった気遣いについ頬がゆるむ。
久々に会って一緒に風呂入ったらなにするかわからねェから、と言ってきかないため、私はまた観念するはめになったけれど。おなかも満たされ、たまっていた疲れが身体からじわりと抜けていくから気分は最高だ。
明日の休日をつぶさないためにも、出たらお酒は控えめにして早めに寝よう。
ベッドに入ったところを想像したら、また睡魔がうっすらと舞い降りてきたためさっさとシャンプーやらを済ませて上がる。
用意していたバスタオルの横に、見慣れない服がきれいにたたんで置いてあるのを見つけて不思議に思いながら手にとった。

「……え……うそ、」

マルコさあああああん!と叫べば、待ってましたとばかりの表情が扉からひょっこり。

「どした」
「なにこれ!」
「欲しかったやつだろい?」
「そう!」
「じゃあNameにご褒美」
「いいの!?ありがとう!」

国内未上陸のお店のナイトウェア。オーガニックコットンで上品質はもちろんのこと、デザインも女性らしさを追求して健康的な色っぽさを出してくれるようなもの。
バスタオル姿で小躍りせんばかりに歓喜の声をあげながら、ふと我にかえった。

「……え、ちょっと待って。なんで欲しいって知ってたの?私なにか言ってた?」

ショッピング中やテレビ番組や雑誌、オンラインストアなどを見ているとき「これかわいい」「あれいいな」「うわ素敵」などの言葉は軽率に言わないように、ひそかに気をつけていた。なぜなら、マルコさんはそれを耳にすると軽率に購入してしまうから。私特有なのか女性特有なのかはわからないけれど、肯定的に思ったからといってそれら全部が全部、実際に欲しいというわけではない。でも今回のこれは本当にいいなと思っていて、そのうち購入しようと頭のすみに留めておいたものだ。

「雑誌でそのページ見て目の色が変わってたよい。クレジットの部分も長く見てたしねぃ」
「それだけでっ!?あーもう、本当にありがとう……!」

なんという洞察力と彼氏力。
さっそく着てみせれば、お褒めの言葉とお礼の言葉が飛び交いまくったのは言うまでもない。
落ちつきを取り戻したあとは、シート状のフェイスパックを貼りつけながらソファでくっついてテレビ番組に釘付け。

「眠いか?」
「んーすこし」
「んじゃ髪乾かしてやるよい」
「わ、ありがとう……!ちょうど、めんどうだなあって思ってたの」

ソファに浅く座ったマルコさんの足のあいだに割り込んで、ラグの上に座った。
自分の指とはちがう感覚が地肌に触れ、髪を梳いていく。大きくて無骨で、手つきはどこかぎこちないのにやさしくて、安心感をおぼえる。そしてこの手がいつも私を励まし、癒し、抱きしめてくれているのかとおもうととても尊く感じた。

「よし、終わり」
「ありがとう〜」
「風呂入ってきちまうねぃ。眠かったら先に寝ていいよい」
「ううん、起きてるよ。寝室にいるね」

スキンケアと歯磨きを済ませて寝室に入る。
ライトをつけなくても、一面のガラス窓に浮かぶ光の粒が室内を照らし、幻想的でどこか夢のなかにいる気分。その光景を見ながら、今夜はずいぶんと贅沢をさせてもらったなあとマルコさんの紳士的(いや、執事的?)な行為の数々を思い返す。


「……あれ。寝てなかったんだねぃ」

上半身裸のマルコさんが、寝室に入ってきた。

「起きてるって言ったでしょー」
「それでも寝てると思ったんだよい」

マルコさんは茶化すようにくすくす笑いながら、そのへんにかけてあった就寝用Tシャツを着てこちらにすべり込んでくる。そのときに伸ばされた腕、というよりほとんどもう肩口のあたりに頭を乗せると、先日新調したボディソープの香りがつよく広がる。
一週間酷使した身体は、マルコさんの腕にまるっと包まれてあっというまに元気がチャージされていくから、このためにがんばっていたと考えればどこか達成感にあふれる。

「今日はありがと。すごく癒されたー……」
「どういたしまして。よく頑張ったよい、お疲れさま」

ぎゅうっと腕の力がつよくなり、無邪気な、みじかいキスが何度も額に降ってくる。くすぐったくて笑いながら身をよじらせ、マルコさんはそれをおもしろがって何度も繰り返した。

「…………あ、でもね」
「?うん」
「自分がめちゃくちゃダメ人間に思えてくる……!」
「ええ?なんでだよい」
「マルコさんがやさしくて、気が利くのをいいことに私っていつも甘えてばっかりでしょー……逆に私はマルコさんになにをしてあげられてる?なんにもない……!って思うとつい」
「なに言ってんだよい。Nameはいてくれるだけでおれには勿体ないくらいの価値がある」
「えー……なにそれ……」
「言葉交わして、笑って、ここにいてくれるだけでおれには最高のしあわせなんだよい。特別なことはなにも望んでない」
「それってなにも期待してないってことじゃ……!」
「なーんでそうなるんだよい。わかってないねぃ」

また腕の力がつよくなった。
この存在がすべて、と伝わってきて、照れくさくなって黙って胸に顔をうずめると、笑い声とキスがまた降ってくる。

「さ、そろそろ寝るよい。おやすみ」
「……寝るの?」
「ま、たそういうことを……!寝るよい。今日は労うって決めてるんだからねぃ」

じゃあ労ってよ、といたずらに笑ってみせて唇を奪う。
マルコさんの、無意識に私の身体に添えられていた手がだんだんと意思を持っていき、ぱっと身体を反転させられた先に映ったのは好戦的なまなざし。
……まずい、挑発しすぎたかも。


fin.