おろしたてのマノロでも晴らすことのできない気分があるなんて、初めて知った。
昨日あんなことがあって、結局なにも聞けずに寝て朝を迎えたため、会社への足取りはかなり重い。

「あれーNameちゃん、おはよう!」
「サンジ!なんで……あ、そっか。お店すぐそこだもんね。おはよう」
「朝からこーんな綺麗なレディに会えるなんて、早起きもしてみるもんだ」

ちょうど沈んでいたせいだろう。屈託のない笑顔も並んで歩く感覚も、すべてが懐かしくて妙に感傷的になってしまう。

「こんな時間から出勤?ランチもやってるの?」
「ディナーだけだよ。今日は定休日だから新しいメニューを考案しようと思ってさ」
「わ……休みの日も大変だね」
「そうだ。よかったら今日のランチかディナーに、店おいでよ」
「いやいや、せっかくの休みに悪いよ」
「……二度目」
「え?」
「Nameちゃんに振られるのは、これで二度目になった」
「ちょっ……!」
「ははっ!冗談だよ。でも本当に、遠慮しないで。って言っても元彼とふたりで食事なんて、彼氏に悪いかな」

会社の人でも友達でも誰でも連れてきていいから、おいでよ、との言葉に甘え、今日のランチにお邪魔すると話がまとまりサンジとは別れた。
その足で向かったオフィスロビーのコーヒーショップでちょうどよくサッチと出くわしたため、昨日の出来事を洗いざらい話す。まるでOL同士だ。

「……てことがあったの」
「いや〜でもマルコにかぎって妙なことはねェって」
「わかってるんだけど、こう、なんか聞きにくくて」
「まァその気持ちはわからなくもない」
「ていうか!たまに思ってたけど、よく考えてみれば私が選ばれること自体そもそもおかしいんだよ」
「おっまえな……自分を卑下するってんならおれは怒るぞ」
「いや。卑下っていうより純粋な疑問」
「あーもーこれ以上は嫌だね!負のオーラが伝染する」

嫌味を放ちながら席を立って去ろうとするサッチに、肩を竦める。

「……あ!待ってサッチ。今日のランチ一緒に行かない?」
「おー行く行く。このあと外出だから、直接向かうわ。店決めたら場所だけメッセしてくれ」
「負のオーラが伝染するんじゃないの?」
「プラスに変えてやらァ」

背を向けてそう言ったサッチ。その優しさに、ちいさく笑みがこぼれた。



◇◇◇



小さく音楽が流れる店内。4人掛けのテーブル、L字型に座った私とサンジの目の前には美しい料理が並んでいる。

「いただきます!」
「召し上がれ」

約束の時間をすこし過ぎたところでサッチから、トラブルのためランチ返上で仕事をしなければと電話が入った。今朝のかっこつけは、なんだったんだ。プラスどころかさらにマイナスにしてどーすんの……!と嫌味とつっこみで電話を終えたのは言うまでもない。
現地集合にしたのが仇となり、代わりの誰かを探すこともできず、かといって約束の時間になって断るのも失礼な話なので、こうしてひとりでお邪魔することにした。

「おいしい……!」
「だろ?それ絶対Nameちゃん好みだと思ったんだ」
「うん……!これさ、食感が、よく一緒に行った渋谷の……」
「わかるよ。あの裏道にあったお店だよね?あそこのやつにちょっと寄せてみた」
「そうそれ!でもこっちのほうがずっとおいしい……!あーなんか懐かしいなあ」

ちょっとした昔話で盛り上がりながらランチタイムは過ぎていく。
食後のカプチーノも絶妙な私好みで、うちのオフィスビルに出店してほしいと笑いあった。

「そういえばさ、彼氏がいること言ってないはずだけど。って思った?」
「うん。あとになって思った」
「当てようか。前回ここに来てくれたときのメンバーにいた、あの彼だよね」

サンジは得意げに、マルコさんの特徴をいくつか挙げてみせた。いるかいないかを当てるのは、まあ2分の1だ。でも、それが誰なのかを当てるなんて数年ぶりに再会した仲で、すごいと思う。

「なんでわかったの……!」
「ほら、フロアを覗いたって言っただろう?そのときにNameちゃんを見る彼の目が、やさしかったっていうのかな。特別感が出てたからすぐにわかったよ。それに、おれとNameちゃんが顔を合わせてからはおれに対して敵意が出てた」

おかしそうに笑うサンジとは反対に、ごめんと項垂れる私。

「ルックスも性格もよくておまけに仕事もできる、完璧な男って印象。Nameちゃんにぴったりの人だ。羨ましいくらいお似合いだよ」
「あはは、そんなことないよ。ありがとう」

そんなことない、は謙遜でなく本心。同時に、純粋にそう思ってくれているサンジの気持ちを目の当たりにして気づいた。聞けないとか言い訳をして逃げてる場合じゃない。気にせずにはいられないのなら、私がすることはただひとつ。マルコさんと向き合わなければいけないんだ。


「ごちそうさまでした!贅沢な体験をありがとう」

外まで出てきてくれたサンジに向き合う。
さあっと吹き抜けたビル風で乱れた私の髪を、慣れた手つきで直す様はやっぱり懐かしい。

「光栄ですレディ。いつでもいいから、気軽に来てくれるとうれしいな」
「もちろん。予定確認して、ディナーで予約するね」
「お待ちしてます」

笑顔で別れて、頭を仕事モードに切り替えた。
1時間後にはマルコさんも同席する会議がある。昼寝中であろう社長を叩き起さなければ。サッチのトラブルは片付いただろうか。
今夜は……マルコさんと向き合おう。


to be continued.