:personality 私の靴には他の靴にないものがある パーソナリティだ ― Manolo Blahnik 世界中の女性が憧れる靴、として私が思い浮かぶのはマノロとルブタンだ。 洗練された魅力を持つマノロは、その美しさにくわえて「一度足を通したら他の靴は履けない」と称され、ハイヒールでも驚くほど履きやすい。自らの足でアスファルトを闊歩するキャリア女性を応援する靴だと言われている。 「社長、早くしてください遅れますよ。すぐ出るっていうから安心して先に出てきたのに……!」 「ンマー悪い悪い。そして一つ問題が起きた」 「車の中で聞くんでとりあえず乗ってください」 「…………」 「早く乗ってくださいってば……!」 「ンマー……デスクにスマホ忘れてきた」 「それは好都合。空き時間は私と仕事話をしましょう。さ、乗って」 対してルブタンは、デザイナー自身が「痛みを伴う靴の王様」と公言しているだけあり、決して足に馴染むとは言えずまるでどこかのお姫様が履くような靴だ。特徴となる深紅に染まったソールはまるで「これを履けるのは、王子に手を取ってもらいながらお上品に歩く女のみよ。それもカーペットの上だけをね」と主張するかのようにフェミニンで高貴な造りだと言われている。 「…………」 「っもー!わかった取ってきますよ!」 「いやおれが、」 「ダメです。そのまま逃げるでしょ。私が行ってきます!」 お姫様の靴は正直とても憧れるし手を取ってくれる王子もできた。でも気を悪くしないでね、ルブタン。行きたいところに行けないなんて不自由すぎて到底履けない。 私はこれからもマノロを履いて私らしく、アスファルトを駆け回るわ。 「戻りましたー……!」 「おう、おかえり!間に合ったか?」 「ぎりぎり間に合った。あー疲れた」 「ははっ、ごくろーさん。それより今日マルコ帰ってくるんだろ?」 「そうなの!!」 見事に気持ちが通じ合いました!と思ったら翌日から一週間も離れ離れとは。(いや、三年じゃないだけ良かったけど)一週間をこんなにも長く感じたのは生まれて初めてだ。 マルコさんだって遊びに行ってるわけではないから数回メッセージのやり取りをしただけで、時差の関係もあるし他は特に通信無しのまま今日に至る。 「良かったなァ。よろしく言っといてくれ」 「サッチ、何回も言うけど本当ありがとね。あのときサッチが背中押してくれなかったら、」 「いーっての!お前らが上手くいってくれておれも嬉しいわ」 この屈託ない笑顔に私はこれまで、何度助けられただろうか。 あんたって本当、最高の悪友ね!と笑って背中を引っ叩けば途端に悪人面でにんまりと笑うから。 「……なにその顔」 「それよりNameちゃんよォ……あの日の夜はそーゆーコトになったわけ?サッチくんとしてはそこが気になるんだけどなァ〜」 「あんたって本当最低ね」 「おいおいおい、さっき最高って……!」 「今すぐどっか行って」 「もしかして何もなかったのか?だったら今夜が勝負かもな〜ははっ!」 「同僚にセクハラされてるって我が社の顧問弁護士に言ってやろうか」 久々の再会、待ちわせ場所はマルコさんが「おやじ」と慕う料理人がいるあのお店。 おじさんたちに挨拶をして先に奥の個室に入り、胸を高鳴らして待つなんて私は少女か。そう馬鹿らしく思うけれどファースト・デートなんていうのはいくつになっても慣れないもの。 マルコさんにドキドキさせられることはこれまでに沢山あったけれど、あのときは恋心を持ちつつも不安と緊張が入り混じった、あまり生きた心地のしない鼓動だったような気がする。 でも今は不安なんてひとつもない、恋心一色の鼓動だ。 約束の時間が数分過ぎた頃、少し騒がしくなった扉の向こう。 時間つぶしに手にしていたスマートフォンを放り投げる勢いで席を立った。 「悪い、待たせたよい」 「お帰りなさい!」 店内だから自重したけど、心の中ではマルコさーーーーんと叫んでそのあとに感嘆符ことビックリマークがいくつも付いていた。 そばに寄ればなんの躊躇いもなくふわりと抱きしめてくるから、ああ、本当に付き合ってるんだなと改めてこの関係を実感し、私も素直に背中に腕を回す。 「あー疲れたよい……!お土産たくさん買って来たから、あとでな」 「やった!楽しみ」 「あー落ち着くよい。ずっとこうしていてェなァ」 「ふふ、だいぶ疲れてますね。さっきから、あーって言ってばっかり」 「疲れは吹っ飛んだ。Nameの顔見たからねぃ」 一刻も早くこの爆弾投下に慣れなければ。 惜しみながら体を離し、乾杯をし、運ばれてくる料理を前にお喋りに華を咲かせる。 「そうだ、おれたちのことアイスバーグさんに報告したほうがいいと思ってるんけどなァ。Nameはどう思う?」 「うーん敢えて言うこともないし、かと言って隠すこともないしって感じですかねー。けどそれならきちんと言っておいた方がいいのかな。黙ってても社長は気付くでしょうし」 「じゃ決まりだな。後でおれから言っておくよい」 社長は驚くだろうか。いや面白がるだろうか。何はともあれ、職場関係の人とこうなったけど公私はきちんと分けますということだけは、しっかり自分の口から宣言しなければと思った。 その後も取りとめのないお喋りを続けて、途中お手洗いに行って戻ると扉を開けるなりマルコさんが私の名前を呼ぶ。 「Name」 「ん?何ですか?」 手招きをするから、とっておきのお土産でも貰えるのかと思って浮かれ気味に近づいた。 すると、くいっと手首を引っ張られて隣に着席させられる。 「……!」 「正面だと離れてて寂しいだろい。こっち座れ」 向かいに側に置かれた私のグラスを手前に持ってきて、ふんわりと笑いかけるマルコさん。 その珍しい表情に言葉もなく見惚れていると、隙あり、とばかりに唇が短くぶつかってきて言葉をさらに失う。こうやって私の反応をみてからかってくるようなところは相変わらずで、でもそれが嬉しくもあって。 それにしても、時間が経つごとにチラチラ脳裏をよぎるのがサッチの言葉だ。 付き合ってるんだから勝負も何もない。 でも、きっと近いうちに迎えるであろうその時を思うとどうにも恥ずかしくなって仕方がない。 最初から完璧に異性を意識していたなら話は別だけどそうでなかったのだから、それが「ハイじゃあ今から裸の付き合いになります」なんて戸惑ってしまう。 ・・・なに考えてるんだ私。いや、油断してる場合じゃない。もしかしたらその時は今夜かもしれないんだから。いやいや、さすがに明日も仕事だしそこまで・・・ 「Name。なに考えてんだよい」 「いえ、なにも……!」 「ああそうだ、今週末空いてるか?」 「えーっと日曜は友達と予定入ってますけど、金曜土曜は空いてたかな」 「じゃ金曜仕事終わったら会社まで迎えに行くよい」 「マルコさんは土日仕事?」 「さすがに出張明けの週末だしなァ。それにNameもいるし、きっちり休むよい」 私のために、と思ってくれるとやっぱり嬉しい。 小さなことでいちいち歓喜するのは恋の特徴だ。 「あ、金曜はメイクのあれとか着替えとか忘れんなよい」 「え?」 「うちに泊まりだからねぃ」 ねえサッチ。勝負日決まったっぽい。 to be continued. |