「なんで土曜の夜……!?」

ぶちぶち文句をこぼして鏡と向きあう。これからビジネスパーティーで社長に駆り出されるため、準備に取り掛かっている最中だった。
土曜の夜なんて、日中も休みで翌日も休みといういちばん幸福を感じるときだというのに。
となりで私の様子を観察しているマルコさんがラフな部屋着というのも、また悲しみを深くさせる。

「あー私もここでゆっくり過ごしたい……!」
「月曜は代休なんだろい?」
「そうだけど、」

言い終わる前にスマートフォンが鳴ったため、ハンズフリーで受けて支度を進める。

「はーい」
「ンマー下に着いたぞ」
「え、約束した時間まであと30分もあるじゃないですか。はやい……!」

とっておきのピアスを装着するため首を傾けると、ひまを持て余したマルコさんが晒されたそこに唇を押しつけてきた。

「待ってるから慌てなくていいぞ」
「いや慌てますって……!あと5分で行きます」

急いでいるせいか、キャッチがなかなか入らない。
背後にいたマルコさんは私に代わってそれをはめながら、洗面台に置かれたスマートフォンに向けて声をあげた。

「良ければ上がって待ったらどうです」
「ンマーどうせお邪魔だろう。遠慮しておく」
「ははっ、お気遣いどうも」

通話を切り、最終仕上げにリップを塗り直す。
うしろから腰に手をまわして、鏡越しににっこり称えてくれたマルコさん。

「綺麗だよい」
「ありがとう」
「でも……ちょっと露出が多くないか?」
「え? そんなことないと思うけど」

開いた背中に、やわらかい唇の感触。

「あー行かせたくねェよい……!」

私だってこんな、拗ねたようにしてるマルコさんを置いて行きたくない……!なんて言ったら社長を延々と待たせることになってしまうから、堪えて、すぐ帰るよとなだめた。
ふたりでマンション下に降りると、黒塗りの車が一台。顔なじみの運転手が後部座席のドアを開ける。

「おうマルコ。ンマーせっかくの休みに悪いな」
「わかってんなら早く帰してくれよい」
「ははっ、そりゃどうだろうなァ。朝帰りさせちまうかも」
「そしたら銃でも調達して、あんたの家に行くまでだよい」

軽口のたたき合いを制して、ようやく車が動き出した。週末の夜は、心なしか街を行く人々もどこか楽しそうに見える。

「今さらですけど。社長ってパートナー的な存在のひと、いないんですか?いないわけないですよね?そういう方、同伴すればいいじゃないですか」
「ンマー特定は作らない主義だ。こういうときにはNameを駆り出しゃ誰の反感も買わねェからな」
「駆り出されるこっちの身にもなってくださいよ……!」

ああだ、こうだと話をしているうちに会場に到着。ほどなくして、向かいから綺麗な女性がやってくるなあと思っていたら社長に声をかけてきた。

「アイスバーグさん」
「ンマー……久しぶりだな、元気にやってるか?」
「ええ。おかげさまで」

凛とした雰囲気の大和撫子。といっても地味ではなく華やかさがあり、とても人目を惹くおとなの女性だ。

「紹介する。秘書のNameだ」
「初めまして」
「初めまして。きれいで素敵な女性ね。アイスバーグさんも鼻が高いでしょう」
「ああ、気立てがよくて仕事もできて言うことなしだ」

どこがどんなふうに、と聞かれたらうまく答えられないけれど。社長と女性、ただの知人とのあいだに流れる空気ではないような気がしたため、外しますね、とその場を離れた。
しばらくして合流すると、真っ先にその話題を向ける。

「社長。さっきの女性、めちゃくちゃ綺麗でしたね。昔の恋人かなにかでしょう」
「ンマーちょっとした知人だ」
「隠すことないじゃないですか。それに、こういうのは女の直感でわかるんだから隠してもムダです」

からかえば、社長は困ったように笑ってそれ以上はなにも言わなかった。
そのうち、レイリーさんとシャッキーさんに遭遇。再会を喜び、今度こそ食事をと誘ってもらい連絡先を交換する。

「それにしても……マルコちゃんて、情熱的なのね。それとも嫉妬深いのかしら?」

言葉の意味がわからずシャッキーさんを凝視すると、しなやかな指先が私の首筋をさらりと這った。
意味がわかり、怒りと恥ずかしさでなんの言葉も出ずにいる私を見てレイリーさんにまで笑われる始末。



「マルコさん……!」
「お。早かったねい。おかえり」
「これ!なんでこんなところにつけるの……!シャッキーさんに言われるまでぜんぜん気づかなかった……! いい大人がこんなものつけて歩いてるなんて、ほんと恥ずかしいからやめて……!!」
「虫除け対策」

語尾にハートがついた口調。
あきれてなにも言い返せない私の頬に指を添えて、唇を落としてきた。拒否なんて当然できない。

「……あのね、自分で言って悲しくなるけど、マルコさんが心配するほど私モテないから」
「わかってねェなァ」
「わかってなくない。とにかく、二度とこういうことはしないでください」
「あ、待てよい。着替えるのか?」
「?そうだけど……」
「おれが脱がせたい」

また語尾にハートがついてる。
反省の色なし……!


to be continued.