※前回の続き(マルコ視点)

部屋での夕食は温泉旅行の醍醐味だ。
自然豊かな土地ならではの新鮮な食材を使った会席料理。お造りや炊き合わせ、焼き物に揚げ物、あられ鍋などどれも芸術作品のように美しく盛ってあり視覚を刺激してくる。
素直に感動の声をあげ笑顔を見せるName。場の空気を明るくさせる、自分には無いその天性のものは彼女の最大の魅力だ。どれだけ一緒に過ごしても飽きることなく、こうして何度も心を奪われる。

「マルコさんこれ美味しいよ……!はやく食べて……!」
「これなんだろう?……うん、よくわかんないけどめちゃくちゃ美味しい!」
「あ、それどうだった?まだ食べてないんだよね」
「このお肉とろける……!美味しすぎる……!」
「お米おかわりしちゃおうっと。マルコさんは?」

絶えることのない満足気な表情に、思わず笑い声をあげてしまった。どうしたの、と一転して目を丸くさせる姿が、よりいっそうおれを笑顔にさせる。

「いや……Nameはほんっとに可愛いなと思って」
「え、どういうこと。もしかして私食べすぎ?あ、騒ぎすぎた?部屋で誰もいないし、少しくらいいいかなって思って……!」
「いや、いや。いいんだよい。そうじゃねェ」

慌てる様子も妙に可笑しくて、食べることがままならなくなってしまう。くつくつと笑うおれを不思議に眺めながらも、すぐにまた箸を口に運ぶのはさすがだ。連れてきて良かったと心底思う。
夕食後は貸切用の大浴場を予約していた。大きな岩作りの露天風呂は、部屋のものとはまた違った姿で堂々たるもの。多少の恥じらいはまだあるようだが、だいぶ慣れた様子のNameは宿の名物のひとつを楽しんでいることもあり変わらず上機嫌だ。

「温泉につかりながら月見酒って最高の贅沢!」
「なー。飲み過ぎちまいそうだよい」

都会の喧騒から離れるとこんなにも心が休まるのか。それを感じて初めて、毎日気を張りつめて過ごしているんだなと気づかされる。自分の会社で気ままにやっているおれがそう思うんだから、いち従業員として毎日社のトップについてまわるNameの疲れは計りしれない。本当によく頑張っている彼女を心から尊敬する。

「あ、もうなくなっちゃった」

空になったらしい徳利を逆さにしてみせる腕は、色が抜けそうなほど白い。濡れ髪は上部でうまくまとめてあるものの、わずかな後れ毛がまた色っぽさを醸しだしている。
わかってる。ありがちなシチュエーションだとはわかっている。

「Name」
「ん?……うわっ」

湯の力を利用して軽々と膝の上に乗せる。Nameは驚いた様子で手に持ったお猪口を気にしながらも、反射的におれの首に腕をまわしてきた。その隙をついて、湯がしたたる白く艶っぽい肌に唇を這わせると小さく吐息まじりの声を漏らした。
首にまわされた腕に少し力が入る、拒絶はしていない。調子に乗って膨らんだ胸元に手をすべらせるものの。

「貸切とはいえ公共の場です」
「ごもっとも。でも少しだけ」
「だめ」
「どうしても?」
「どうしても!」

観念して解放する。物足りなさ過ぎる気持ちを抱えたまま部屋に戻ると、布団が並んで敷いてあり今すぐにでも押し倒したい衝動に駆られる。が、理性を保つ。なにもそれを夢みて連れてきたわけではない。

「マルコさん」
「ん?」

呼ばれた方向を向くと、ラッピングされた箱を目の前に突きだしてきたName。

「これ、マルコさんにプレゼント!」
「プレゼント?」
「マノロのお返しだよ。なににしようか悩んでたら時間経っちゃったけど」

突然のことに少し遅れたものの、すぐに理解は追いついた。
お互いの想いが通じあった日にNameに贈った靴。
見返りがほしくて渡したわけではなかったため、以前お返しとしてなにか欲しいものはないかと聞かれたときには上手くはぐらかしていた。それなのに用意してくれたというのか。
ラッピングに入っていたロゴで中身の予想はついたが、開けてみると気に入っている店のビジネスシューズ。彼女に贈ったマノロと同等の値段はする。それならおれのためなんかではなく、自分の靴を買ったほうが有意義だろうにと申し訳なく思うもその健気な気持ちが純粋に嬉しい。

「私があげたいものを選んだの。でもね、男の人の靴って全然知らないからすっごく困った!」

だからリサーチをたくさんして、社長とか良い靴を愛用してる人たちにも色々話を聞いたり、あ、こっそりマルコさんの靴たちもサイズ見させてもらった!あと寝てるあいだに足のサイズもぜんぶ測った、とあっけらかんと話すから笑ってしまう。

「めちゃくちゃ嬉しいよい。ありがとな!」
「大丈夫だと思うけど、サイズ合わなかったら交換できるからね!」
「ははっ、そこまで手配済みか」

おもうがままに抱きよせて、手加減なく力をこめる。ありがとうの気持ちが伝わるように馬鹿みたいに唇を落としていく。合間からこぼれる笑い声にまた心が安らぐ。ここまで来たというのに、温泉よりも彼女に癒されているのかと思うと、どこまでも惚れているんだなともうひとりの自分が苦笑している。

「マルコさんくすぐったい!」

笑いながら腕をすり抜けたNameの浴衣には若干の乱れがあって、おもわず心臓が弾んだ。湯あがりの艶々した素顔はうっすら桜色に染まり、湯の花の香りがふわっと漂う。

「やっぱり可愛いねぃ。さすがおれだ」
「ん!?」
「自分の見る目を褒め称えてんだよい」

顔を覗き込むと、困ったように笑っているからまた唇を奪う。深く堪能してもまだまだ足りない。華奢な首に跡が残らないよう吸いついて、鎖骨にも何度も口づける。どさくさにまぎれて、今度こそと胸元に手をすべり込ませるとNameはまた甘い吐息をこぼした。

「もういいだろい?死ぬほど我慢した」
「うん、いいよ」

感情の熱が最高に高まったのは、ずり落ちた浴衣で肩が露わになった姿を見た瞬間。
王道に心奪われてなにが悪い。


to be continued.。