よくある旅番組を見ていて、なんの気なしにつぶやいた一言がきっかけだった。 「わー……温泉いいなー……」 「来週末行くか?」 「行く!」 あっというまに話は進み、その日のうちにネットで宿探し、予約を済ませたのが一週間前。待ちに待った当日、一泊二日の弾丸だけれどマルコさんとはじめての旅行で気分は最高潮だ。 都心から車で約三時間の車中は、向かっている現地のことや会社での出来事や昔話など、多岐にわたってあーでもないこーでもないと楽しい会話で埋め尽くされる。途中の名物カフェでランチをしたり、休憩がてらちょっとした観光スポットをまわったり。なかでも特におもしろかったのが、温泉街付近にあるダムを観たとき。 「見てみろName!でけェよい!水がエメラルドブルーだ!」 目をキラキラさせて声をあげるマルコさん。 いやちょっと待って、そんなに興奮するようなものか!?と呆気に取られてしまう。まあ言われてみると確かに迫力あるし、サンダーバードとか出てきそうな感じだし、そういえばダムマニアという言葉も耳にしたことがある。きっとここにはなにかのロマンが詰まっているんだろう。それにしても。 「あはは、はしゃぐマルコさんて新鮮」 「はしゃぎたくもなるよい!この大自然に無機質な建造物があるってのがかっこいいんだ」 「なるほど」 正直ダムの魅力についてはわかるようでわからないけれど、マルコさんが楽しそうにしているからそれだけで私も満足だ。 寄り道を楽しみ、旅館に到着したのは夕方。駐車場で出迎えてくれた仲居さんと男衆さんの丁寧な挨拶を受けたのち、荷物を預けてロビーまで案内をしてもらう。 館内は厳格な空気につつまれながらもモダンで重厚感のある洒落た雰囲気。チェックインを済ませて部屋へ入ると、さらに非日常的な空間がひろがっていて思わず二人で歓声をあげてしまった。 別邸の贅沢すぎるプライベートルームは十二畳と六畳、二間続きの和室はロビーのようにセンスよく飾られていて、開放的なテラスには檜づくりの大きな専用露天風呂が設置されているなんとも贅沢な部屋。 仲居さんが退室してすぐに、まずはお風呂に入ろう!とお互いの意見が一致した。 「うわー……!最高にしあわせー……!癒されるー」 楽園に沈んでいくかのように今度は快楽の声をあげる。お湯は熱めだけれど、澄んだ空気がひんやりとしているからあまり気にならずむしろちょうどいいくらい。 あたりは静寂につつまれ、遠くの山並みまで見渡せるまさに絶景。檜のかおり、しゃらしゃらと湯口から流れおちる湯の音が最高の空間を演出してくれて抜群の心地良さだ。日頃のコンクリートジャングルが別世界に感じる。 「マイナスイオンがすごい!パワースポットみたい!」 「そうだねぃ。……ところでName」 「ん?」 「なんでそんなに離れてんだよい」 「え………………」 三メートル弱ほど先には不服そうな表情で湯につかるマルコさん。 「や、だって真昼間の青空の下で全裸とか恥ずかしいじゃないですか」 「今さらンなことを……」 「今さらとかそういう問題じゃ……!」 反論が最後まで終わらないうちに、すいーっとなめらかに近寄ってきて端に追いこむから、行き場をなくした私はワーと色気のない声をだし背を向けることで精一杯だ。そうして見渡すかぎりの絶景をふたたびこの目に映したと同時に、背後から腕がまわってきて両足のあいだにすっぽり捕えられてしまう。べつにこれまで何度か一緒に入浴しているのに、にごり湯でたいして見えもしないのに、妙に気恥ずかしいのはいつもとちがう環境だからだろうか。 そうだ、ゲレンデマジックがあるなら温泉マジックだってあるに決まってる。 「いい眺めだねぃ」 「ねー。すっごくきれいな山並み」 こうやって人が必死に冷静になろうとしているのを、マルコさんは今まで何度ぶち破ってきただろう。悔しけれどきっとこのひとにはいつまでたっても勝てる気がしない。私の努力を壊す天才もしくは私をときめかせる天才なんだと思う。 「そっちじゃねェよい」 こっちだよい、と露わになっているうなじや背中に唇を落としてきた……! どさくさにまぎれておなかの前で絡んでいた手も胸元にやってくるから、もう、どうすればいいのか。 「ちょっ」 「色っぽい。手ェだしたくなるよい」 「……もうだしてるじゃん……!」 わかってるよ。自分が可憐な女じゃないことはわかってる。それでもっ……! 「ちょっと待ってドキドキしすぎてのぼせる……!」 「はははは」 じゃれあいもほどほどに、夕食のあとに今度は大浴場に行ってみようと決めてお湯からあがる。 その次に待っていたのは温泉での一大イベント、滅多にお目にかかれない浴衣姿のお披露目なのだけれど、あとからあがってきたマルコさんを見て絶句した。ある程度の想像はしていた。でもここまで破壊力があるとは。 「ま、待って……!マルコさん色っぽすぎる……!」 「そうか?」 「うん。うまく言えないけどおとなの色気すごい……!」 悶えながらも自分の語彙力を心底恨む。 きっちり着こなしたスーツ姿も素敵だけれど、どこかゆるく気だるい雰囲気を醸しだす和服もいい。いいっ……! 首筋とか鎖骨とか、ほどよく開いた胸元から目が離せない。見えそうで見えないチラリズムの威力といったらもう。神様いや仲居様はやく布団を敷いてくださいとこんなに願う日がくるとは。 「Nameもめちゃくちゃ色っぽいよい」 「え、ほんと!?」 「ああ。この絶妙に開いた胸元とか。あとうなじ」 「私もマルコさんにほぼ同じこと思った」 どちらからともなく、短い音をたてて唇をかさねた。間近で見てもうっとりするほど妖艶な姿にときめきが止まらず、湯から出たというのにのぼせてしまいそうだ。 to be continued. 次回もこの続きになります。 |