帰宅してシャワーを浴びて、缶ビール。夏のこれがいちばん美味しい。これに勝る至福の時間はないんじゃないかと毎度大げさな感情を抱き、リビングのソファに勢いよく座る。
肩から下げたタオルで髪を拭いながらテレビを点けると、この時季ならではの心霊映像特集が流れていた。
こういう類の番組は大好きだ。信じる信じないは問題じゃない。単純におもしろいから好き。でも怖いのも事実。
どんなもんかとしばらく見ていると、案の定けっこう怖い。誰かと一緒だったらこのまま見てもいいけれど、あいにく今この家には私ひとり。ローが帰ってくるのかどうかも知らない以上、このまま見続けるにはデメリットがありすぎる。
あとひとつのVTRだけ見て局を替えよう。そう決めて画面を見つめていると、ふと感じる気配。反射的に振り返ると、リビングの入り口に男がひとり、立っていた。

「っぎゃあああ!!」
「…………。なんだよ」

度を超した驚きように、ローは若干引きぎみでつぶやいた。

「なんだよはこっちだよ! 物音立ててよ! 静かに入ってこないで! いま怖いテレビ見てたんだよもう心臓止まったよどうしてくれんの……!」
「そういうことか。止まってねェから安心しろ」

心臓のばくばく音を見透かして、皮肉に笑って去っていくローを腹立たしく感じながら、半ばやけくそで局を替えた。
しばらくして同じように肩からタオルを下げたローは、これまた同じように缶ビールを流し込みながら私のとなり、ひとり分のスペースを空けてソファに座る。

「あとでつまみ作ってやるよ」
「やった! ありがと! なんか会うの久々だよね。五日ぶり、くらいか」
「そうだな」
「深夜に帰って早朝出る。体こわすよー」
「もう慣れた」

つまみを恵んでくれるということに気を良くしたのか、無理しないでねーと優しい言葉がぽろりと出た。さっきまで驚かされたことを「許すまじ」と怒っていたのに、我ながら単純だ。

「さっきの番組は?」
「まだやってるんじゃない?」

終わったのか?までは言葉にしていなかったけれど、自然と質問の意図を汲んだ返事をした。長く付き合っている恋人だなんて、ロマンチックな表現はとてもじゃないけれど似合わない。言うなら老夫婦だ。

「ちょ、なんで替えるの」
「見たいから」
「……ふうん。まあいいけど」

ふたりで画面を食い入るように見つめる。
昭和も終わりかけのホームビデオだろうか。子どもの誕生日パーティを開いている映像には、楽しそうにきゃっきゃとはしゃぐ子どもが映っている。しばらくしてカメラにふと奥の部屋が映ると、そこにはあきらかにこの世の人間とは思えない子どもがこちらを見て佇んでいて、撮影している母親らしき人の悲鳴があがると同時に番組スタジオからも悲鳴があがる。
こういう、現場の人間も気付いてしまう系がいちばん怖い。

「おおお……これは……これはやばい……」
「合成だろ」
「それ言いたくて見てるわけ?」

その後も次々とランキング形式で紹介される心霊映像たちは、上位にいくごとに怖さを増していた。
おわかりいただけただろうか……と男性ナレーションの深刻な声色が、恐怖を倍増させる。

「ひっ……! あーこれはだめだ……おぞましすぎてだめだ……!」
「こえええええ……! これはだめでしょ……!」
「いやいやいやだめだって、怖すぎる」

これはだめ。じゃあなにがいいんだと自分でもつっこみたくなるけれどそれしか言葉が出てこない。反対にローはずっと黙っている。
果たしてこんなものを見てしまって、私は眠れるのだろうか。
ランキング一位の映像が流れ、これまでと同様スタジオから悲鳴があがった瞬間。絶妙なタイミングで我が家のインターホンが鳴り響く。

「「うっ……!」」

部屋の空気が凍りついた。
どちらからともなく、しかも瞬時にして、空いていたひとりぶんのスペースを詰めて身体を寄せ、顔を見合わせる。

「び、びっくりした……!」
「タイミング良すぎだろ……」
「た……宅配かな」

ふらつく足で立ち上がってモニターのほうへ行こうとすると、背後からローの声。

「おいName。行くな」
「え、なに……」
「こういうときは誰もいないか、不気味な奴が映ってるって相場は決まってんだ」
「……は?」

あまりにも真剣な顔で訴えてくるから、冗談のつもりではないらしい。

「ちょ、なに言ってんの」
「だから行くなって言ってんだよ」

二度目のインターホンが鳴り、ようやく理解した。

「まさか怖いのっ!?」

文字にしたら、語尾にはアルファベットのダブルが盛大にくっついているような言い方をした。

「笑える……! 怖さふっとんだわ……! あとでしっかりからかうから待って。きっと宅配だから大丈夫だよ」
「おい待っ……」

追いかけてきたローが真うしろにいる。そのままモニターをつけると、暗闇で顔の見えない不気味な男がどアップで映っていて、ふたりでおもいきり後ずさった。

「っわあああああ!!!」
「……っ……!」

呆然と立ち尽くして抱き合う。
いつだったか、ミーアキャット二匹がこんなふうに身を寄せているおもしろ画像を見たことがあったな、とあとになって思うような光景。

「な、なんっ……なに、ちょっ……!」
「だ……から言っただろ……! はやく消せ……!」
「やだよローが消してよ!」
「おまえが点けたんだろ!」

その場を動けず、身を寄せながら言い合いをする混乱状況に陥った。
きっとこのままモニターから手が伸びてきて、もしくは玄関がドンドンと叩かれて……と一瞬にして恐怖のシナリオが脳内を駆けめぐったときに、のんびりとした声が流れてきた。

「あのーペンギンです。……なんかお二人ともすっげーパニくってますけどどうしました」

おまえか!の言葉も出てこないほどほっとした。
もう二度とこういう番組は見ない。ローと一緒でも絶対に、見ない。そう心に決めた。


「……おれの演技もなかなかだろ」
「なにごまかしてんの」


to be continued.
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -