ただいま、と響いた声は誰にも受けとめてもらえず暗闇にのまれる。同居人がいるといっても相変わらず顔を合わせることはほとんどない。

部屋に直行して荷物をおろし、着替えを持って脱衣所に。帰宅して一度くつろいでしまうと重い腰があがらなくなるため、やることはさっさと済ませてしまうのがマイルールだ。一日の汚れや疲れをきれいさっぱり流してからが、至福の時間。
冷蔵庫から缶ビールを二、三本引っ掴んで、駅前のスーパーで買ったお惣菜をパックのままテーブルに並べる。次にテレビを点ける。金曜の夜といえば、サングラスをかけた大物司会者がいる音楽番組だ。
まだ一組目、某大手事務所男性アイドルの音楽を聴きながらプルタブを開けてひとくち。いや、半分は飲み干した。

「あー……さいっこう」

週末の夜、誰にも気兼ねすることなく家でのんびりと過ごす時間は他の何にも代えがたい至福の時間。まるでおっさんの晩酌だとかそういうことは考えない。

「オヤジの晩酌だな」
「はあっ!?……ちょ、いやいやいやいつ帰ってきたの。気づかなかったんだけど」
「いま」
「あのさあ……!ただいまくらい言いなよ、ただいまくらい」
「ただいま」
「おかえり。そして久しぶり。ずいぶん早いね、またすぐ出るの?」
「いや。今日はもう終わりだ」
「そ、よかったね〜おつかれ」
「ああ」

そう残してリビングから消えていったので、気を取りなおして至福の時間に集中する。
お、これ聴いたことある。わーこのひとイケメン。衣裳かわいいなあ。けっこういい曲じゃん。など、出演者たちへのご意見番と化すのだ。
そうこうしていると、入浴を終えたローがふたたびやってきた。

「ちょっとロー見て!このひと痩せたよね」
「そうか?」

同意を求めて振りかえると、カウンターキッチンの向こう側からテレビを凝視している。その片手に缶ビール、首からタオルを下げてる姿こそおっさんだろうがと思ったけれど黙っていたほうが賢明だ。

「痩せたよ。顎のあたりが前と全然ちがうじゃん」
「わかんねェよ。それよりおまえなに食ってんだ」
「焼き鳥とたこわさ」
「ふーん」
「食べてきたの?」
「いやこれから」
「あ、そう」

肩肘を張ることのないキャッチボール。これといって盛り上がらない会話、盛り上げようとしなくてもいい自然な空気感がまるで本当の家族と過ごしているみたいでけっこう気に入っている。

番組は終盤にさしかかって、滅多にテレビ出演しないアーティストがトリを務めて大盛りあがりだった。そして金曜の夜といえば、もうひとつが映画番組。今夜の作品は魔法使いの主人公の名前をタイトルに掲げた、世界中に愛されている大ヒットファンタジー映画だ。何度も放送されていてその度に観ているため、正直「またか」と思うのだけれどつい観てしまう。
局を合わせるとコマーシャルが流れていたので、意識をテレビ画面から離すとローは未だキッチンに立っている。最後の会話と、動いている様子からして食事の用意をしているんだなと思った。

「自炊するんだねー意外。ってか冷蔵庫に材料あったっけ?」
「帰りに買ってきたんだよ」
「ぶはっ……!スーパーで買い物?はははは似合わない」
「うるせェな。バラすぞ」

軽口を叩きあっていると番組がスタート。しばらくすると後方から、つまみ作ったからおまえも食えよとお誘いの声がかかった。

「やったーおすそわけ!ありがと!」
「おまえ料理できねェだろ。いつ帰ってもキッチンが綺麗すぎるんだよ」
「人聞き悪いこと言わないでよ。できます。しないだけです」
「はっ、どうだか」

きっと野菜炒めとか、肉炒めだとか、豪快で単純な男料理が一、二品並んでいるだけだろうと思っていた。よしよし味見してやろうではないか!くらいの気持ちでダイニングテーブルへ移動すると。

「は…………なにこれ」
「なにが」
「いや、え……?これローが作ったの?」
「おれ以外に誰がいるんだよ」
「あんたがキッチンに立ってから三十分くらいだよね?それでこれ作ったの?」

決して小さなテーブルではないのに、そのスペースは大小様々な皿でほとんどが埋まっていた。時間をたっぷり使ったようなメインから、切って盛るだけのシンプルなサイド。そのどれもが綺麗に盛りつけられていて、とてもじゃないけれどこの男が作ったようには見えない。まるでイマドキ料理家がつくったおもてなしご飯として、SNSに載っていそうな料理たち。

「すっごい……!なにこれ……!」
「冷めないうちに食え」
「うん、いただきます!…………やだ美味しい……お店の味なんだけど!」
「だろ?」
「これ酒すすむわーっ。ねえ、料理好きなの!?フツーの男の手料理ってここまでクオリティ高くないよ」
「嫌いじゃねェ。昔からたまに作ってた」
「そうなんだー。あっ、ちょっとさ、とっておきの日本酒あるから私の部屋から持ってきてよ」
「なんでおれ「入って右の棚にあるから早く。一緒に空けよう」

もうテレビはそっちのけで、料理とお酒と会話に夢中だった。料理ができて、仕事もできて、顔もそこそこよくてスタイルは申し分ない。それなのにどうして恋人がいないんだ、など疑問をぶつけ、余計なお世話だと返ってくる。フィーリングが合っているせいか、どんな話をしていても心地よかった。

「いやそれにしてもさーこんなのぱぱっと作っちゃうなんて本当すごいよ。あれか、ローは魔法使いなの?」
「おれはマグルだ」
「ふうん。ちがうのか」
「あれだな。仮におれが魔法使いだったら、寮はグリフィ「いやどう見てもあんたはスリザリンだから」

to be continued.
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