あれから目の前に生ビール、焼き鳥の盛合わせ、お刺身の盛合わせ、大根サラダ、ホッケの開き、蛸ワサビ、そして鋭い目つきの男を並べて自己紹介をしあった。
お見合いじゃあるまい、なんなんだこの状況はと思いながらも少しはお互いの素性を知れたので、それなりには有意義な時間だったと思う。
そこから五日間、家にいる時間はほとんどが各々自室で過ごしていたので「出かける」とか「お風呂先入る」等の業務的な会話しかしなかったものの、特別な気まずさや不便は感じなかった。

連休最終日の夜、ベッドで大の字になり雑誌を読んでいると部屋をノックする音と共に男が顔を覗かせる。

「Name。不動産屋から電話きた」
「!なんて!?」
「空き部屋で仮住まいも何だから、とか言ってな。駅前のホテルを押さえたらしい」
「もちろん費用はあちら持ちだよね。……で、同等条件の部屋は?」
「あいにくこの近辺には無いそうだ」
「んーじゃあとりあえずホテルかー」

読んでいた雑誌を閉じて立ち上がった。
リビングに飲み物を取りに行く私の後を、男は話を続けながら追ってくる。

「明日には入れるらしいが、いつが良い?」
「ちょっと待って。私はここに住むよ」
「は?なに言ってんだ。おれが住む」
「そっちこそ何言って……こんな好条件の部屋探すのにどれだけ苦労したと思ってんの?」
「その台詞そっくり返す」
「いやいやいや待って!ここで揉める!?」
「何回も引越しすんの面倒くせェし」
「それは私も同じ」

緊急会議を開かねば。
つまり、どちらもここに住みたいというシンプルなテーマ。
しばらく話し合ってもお互い一切譲らず同じ台詞の繰り返し。疲れてきたので、また落ち着いて明日にでも話そうと提案しようとしたとき男は呟いた。

「決まりだな」
「なにが?!」
「どっちも出ていく気がねェなら、どっちも此処で暮らすしかねェだろ」
「嘘でしょ?!」
「なんだよ今さら」
「数日程度だと思ったからあのときは諦めたの!」
「五日も五年も一緒だろ」
「全然一緒じゃないしそんなに長年あんたと居たくない」
「考えてみろ。一緒に暮らせば払った敷金礼金、その他初期費用が戻ってくる。つまり半額になるんだ。それに毎月の家賃もだぞ」

その時点で思わず黙ってしまった。
入居時の費用が戻ってくるのは当たり前として、毎月の決して安くない家賃が半分になる。考えてみれば結構魅力的だなと思っていると「そのぶん服やらバッグやらが買えるな」と追い打ちをかけてきたのでさらに黙ってしまう。

「……わ、分かった。そうしよう」
「単純で助かったよ」
「この短期間で私のことをよく知り尽くしたようで」
「分かりやすいだけだ」

小さく笑う男に苛立ちを覚えても良いはずなのに、私のことで笑ってくれていると思うと少しだけ嬉しい気がした。
そういえばこういう表情は初めて見た気がする。とっつきにくそうな仏頂面でも、笑うと可愛いもんだ。
方向性が決まったところで、また会議。テーマは一緒に暮らすルールについて。

「私が望むのは、一切干渉せず気を遣わない。これだけ」
「同じだ」
「良い物件が出たら、解消」
「そうだな。どっちが出ていくかはその時に改めて決めるか」
「よしっ。じゃあなんか……またトントン拍子で話がまとまったけど、改めてよろしくね」
「ああ」
「特別に仲良くしたいとは思わないけど、仲悪いのも嫌だから。どちらかといえば仲良くしようね」
「ああ。わりと仕切り屋だな」
「それなら言うけど。決まったこと、不動産屋に電話入れといて。あ!あとあんたの部屋以外……リビングとかキッチンとかのインテリアや配置は私に決定権があるから。次の週末使って全部荷解きして整えよう」
「分かったよ」

決して素晴らしい性格だとは言えない。だけどそれは私も同じなので、心優しい完璧に出来た人間と暮らすよりずっと気が楽だった。皮肉屋で強引で俺様で、なんだか似たもの同士の私たちはわりと上手くやっていけるんじゃないかな。
そんな前向きな気持ちが崩れる朝がやってきた。

「おい退け!」
「そっちが後から来たんでしょ!」
「遅刻しそうなんだよ!」
「私だって同じ!」

朝から洗面台の争奪戦が始まる。勝者は私。顔を洗って歯を磨いて綺麗さっぱり、次は部屋に戻ってメイクだ、と急ぎ気味に廊下へ出ると何となく嫌な予感がしたのでリビングの方へ向かった。

「あーちょっと!」
「あ?」

普段の鋭い目つきはどこへやら、眠たげにぼんやりと開けた目でキッチンシンクで顔を洗う姿を見て愕然とする。

「ちょ、そういうのやめて……!」
「なにが」
「そこで歯磨きしたり顔洗ったりしないで・・・!」
「お前がそっち占領したんだから仕方ねェだろ。嫌なら譲れば良かったんだ」
「そういう問題っ……やばい、時間ないんだ。あんたに構ってるヒマないっ」

置いてあるダンボールに足をぶつけ、悶絶しそうになりながら部屋へ戻って身支度を整えた。
早く落ち着いた日常に戻りたい。ただただそれを願う。


to be continued.
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