借りていた部屋の契約更新を機に、引越しを決意。
また多額の料金を支払って更新をするならいっそ新しい部屋に、というよくある選択だ。

「でね、衣装部屋作るんだ!」
「うわーいいなー!憧れるっ」
「でしょ?!おっきい全身ミラー置いて、クラシカルな椅子をひとつ置いて、」
「ふわふわのラグ敷いて、お店みたいにディスプレイするんだよねっ」
「そうそう、それ!」
「羨ましいーだから2LDKにしたんだ!」
「そう!ずっと憧れてたの」
「仕事がんばってたもんね」

親友のやさしい笑顔に心があたたまる。

「本当ごめんね、手伝えなくて」
「なに言ってんの!普段働き通しなんだから、たまには実家でゆっくり過ごした方がいいよ。ありがとね」

世間は明日から大型連休に入り、私の引越しもそれに合わせて行う。
飛行機で実家に帰省する前の友人としばらくお喋りをしてから、段ボールだらけで殺風景になった部屋に帰宅して静かに最後の夜を過ごした。
翌朝から浮かれ気分とはしばらくお別れだ。引越しというのは想像以上に体力と気力がいるのを私はすでに知っているから、これからの作業を思うと憂鬱な気持ちになるけれどそんなことを考えても仕方ない。




新居に到着し、引越し業者のスタッフが手早く養生を済ませた頃に見知らぬ男性が玄関前に立ち尽くしていたので、慌ててそばに寄った。

「あ!お隣の方ですか?今日から引越してきまし、」
「部屋間違えてるぞ」
「え?」
「ここはおれが契約した部屋だ」
「ウソっ!ここ301号室じゃないんですか?!」
「……301だ」
「……は、」
「確かに301を契約したのか?」
「は……え?確かに301を契約しましたけど」
「間違いないか?」
「ちょ、確認しますっ……」

そうまで言われると自信がなくなってしまうので、慌てて契約書を引っ張り出してきた。確かに301と書かれているし下見をしたのもこの部屋で間違いない。
男にも書面を見せると、彼も同じく301と書かれた契約書を提示してきた。わけが分からない。お互いの引越し業者のスタッフたちも唖然としている。
彼らには事情と謝罪を述べて一時待機してもらい、私と男は不動産屋に電話を入れることにした。

「確認して折り返す、とのことでした」
「まったくどうなってんだよ」

待つこと十五分、スマートフォンが震えたので取ろうとすると男が「おれが話を聞く」と電話を奪った。だったら最初から自分で電話すりゃ良かったのに、とは言わず素直にお願いしますと述べる。
それからすぐに男の口から「はあ?」と威圧感のある低い声がこぼれた。

話を聞くとつまり、諸々の手違いや不運が重なりダブルブッキング。それに気付かず今に至るという嘘みたいな内容だった。
そして、仮の部屋を用意できるのはあいにく大型連休の事情が重なり早くても五日後。同等条件の別室を用意できるかは不明・未定。
そりゃそうだ、ここを探すのにもかなり苦労したのだから。


「こ、こんなのってあり得ます?!」
「こっちが聞きてェよ……」
「一体なんで……!待って、じゃあ私ここに住めないの?!」
「落ち着け。向こうも大慌てだから、とりあえず仮部屋をどうにかして今すぐ手配するよう言っておいた。最悪手配出来ない可能性もあるから、おれは今からその辺りのホテルに空きがないか調べる」
「わ、分かりました。私も探してみます」

そう言ってスマートフォンを取り出して調べてみるも、なんとなく嫌な予感が脳裏を過る。

「見つかりました?」
「…………」
「まさか、」
「よく考えたら、こんな連休にしかも当日……空いてるわけがねェ」
「や、やっぱり……!?あ、じゃあ私友達の家に泊まれないか聞いてみます」
「やめておけ。どいつもこいつも帰省中で不在か、予定が入ってて無理だ」
「いやいや。誰か一人くらいはいますって!ははっ」

……全滅だ。
言われたように、ほとんどが帰省中かもしくは旅行中。
荷物はもうどうしようもないので、とりあえず部屋に運んでもらうことにし、あとはどうにか仮部屋でもホテルでも手配できるよう祈るのみ、と思っていても再び掛かってきた不動産屋からの電話は、自決してしまうんじゃないかというくらいの担当者の謝罪っぷりで私と男も若干引き気味だ。
変な態度を取ろうものならどこまでも責めて要求してやろうかと思ってしまうくらいの大被害だけれど、ここまで誠心誠意のこもった謝罪をされると逆に心が痛む。


「…………諦めましょう」
「あァ?」
「五日間我慢して、ここで過ごしましょう。幸い部屋はふたつあるし」
「お前意味分かってんのか?少しは警戒しろ」
「あ、そういうのは大丈夫。私学生のころ合気道で何度も大会出て優勝してるんで、心配しないでください」
「はっ、そのちっせェ体でか」
「まあ信じなくてもいいけど。とにかく身の危険については心配ありません」
「そうか。まァおれも胸の無い女には興味ねェしな。仕方ない、しばらくここで様子を見るか」
「なんか今すっごい失礼な発言したよね」

ふたつの業者が荷物を運び終えるも、この先どうなるか分からないので細かい荷物は解かずに、冷蔵庫や洗濯機やテレビなど数日暮らすのに最低限必要なものだけを取付け、他はそれぞれ振り分けた自室に運んでもらった。
ちなみにソファにしろ冷蔵庫にしろ、当然同じ家具家電が二つずつあるわけで。どうしたものかと悩んでいたら、それを見かねた引越し業者さんが倉庫で預かっておいてくださるとのこと。本気で助かった。


「あーなんかどっと疲れた……そっち大丈夫ですか?」
「ああ」
「じゃあ、とりあえず……最低五日、よろしくお願いします」
「飯行くぞ。支度しろ」
「え?!ちょっ、なんでまた」
「飯食いながら身の上話をするんだよ。いくら興味が持てないとはいえ素性の知れねェ女とひとつ屋根の下なんて御免だ。お前だってそうだろ?」
「え?あー確かに」

口が悪いのか、ぶっきらぼうなのか、言い方がちょいちょい引っかかる男だ。
またも心の奥でそう思いながら、急いで部屋に荷物を取りに戻った。


to be continued.
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -