Happybirthday,
Rucci!
静まりかえった海。
どこまでも波ひとつない海面を見て、こんな穏やかな世界が存在するのかと異様な気持ちになるのは物心がついた頃から嵐のような日々を送ってきたせいかもしれない。
私たちはこうしてどこへ向かうのだろう。陸地で生きるのか。それとも海賊になったりして。
なんでもいい。世界政府の諜報部員に選ばれた。世界一の造船会社でも働いた。きっと私たちならどこにいようと生きていける。
背後から規則正しい靴音が鳴りだした。
隣までやってくるとぴたりと止まり、辺りはまた静けさに包まれる。
「あ、ルッチ今日誕生日だよね」
「ああ」
いま気付いたようなニュアンスの返事。
私は女だからイベント事が好きで、ルッチには毎年飽きもせずなにかしらの贈り物とともにおめでとうの言葉を添えるのが定番。それに対してあからさまに喜ぶ様を見せたのは、ルッチが六つになったあのとき一度だけ。私はそのへんに咲いていた赤い花を摘んで差し出した。一瞬目を見開いてその後照れくさそうに、嬉しそうに、ほんの少し表情をゆるませながらありがとうと受け取ってくれたあの日のことは今でもよく覚えている。
「船の上だからなにも用意できなかった。でも夕食はカリファと美味しいもの作るよ」
返事はない。普段なら「ああ」機嫌が良いと「食えるものにしろよ」と返ってくるけれど。こんなときはなにか別の話題を切り出そうとしているのを、私はよく知っている。
「政府と取り引きをした。今度はCP0だ」
生ぬるい風に乗って届いた声。確認しなくとも間違いなく顔色ひとつ変えず、平然としているだろう。
どうやら私たちはどこまでいこうと、陸地でも海でもない正義のもとで生きていく運命にあるらしい。
「またすごい取り引きしたね」
「お前はどうする」
「ははっ、らしくないこと聞くのやめてよ」
ルッチの正義が在り、あなたがそれをどこまでも全うするように私にだって同じものがある。自分でも馬鹿みたいだと思うけれど、私の正義はルッチ、幼い頃からあなただった。
「私の人生あげるよ。今年の誕生日プレゼント、それでいいでしょ。おめでとう」
これが答えだと笑えばルッチも短く笑った。おめでとうと伝えて表情を崩すのは、あの日以来初めてのことだった。
2016.06.02