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初めて君と手をつないだ

 初めて私の手を引いたのはフワンテだった。
 ふわふわで、まあるくて、軽くて、フルーツみたいに可愛いゴーストポケモンの一匹。家の近くを散歩していたとき、迷子のようにゆらゆらと漂っていたフワンテは、しきりにそこら辺りを見まわしていた。近辺では見ない珍しいポケモンに幼い子供が興味を示さないわけはなく、私もその例外ではなかったが、しかし呼んでみようにもこの頃の私は何も知らなくて、名前や習性などを知ったのはその数日後。教えてくれたのは年老いたおじいちゃんだった。
 とかくその頃の私はまだ幼く、危機感も知識もない非力な子供でしかなかった。つまり初めて見るそのポケモンがいい子なのか危険な子なのか、危害を加えてくるのか信じていい子なのか、そんな判断がつくわけもなく、ためらいなんて微塵もなく駆け寄ったのだ。フワンテもまた、まるで私を探していたとでも言いたげに近寄ってきて、ぷわぷわと何事かつぶやきながらしっかりと私の手を取る。
 ――おいで、おイデ。こッチだよ。楽しイトコろへ連れテ行ッてアげる。ナカまもたくさんいるんダよ。
 そんな声が聞こえた気がして、私は無防備にもその誘いに頷いた。どこへ行くの? どんな人がいるの? みんな友だちになれるかな? 淡くも愚か、ひどく浅はかな期待を抱きながら、黄昏時の夕陽に向かって一歩、二歩、と踏み出して、とうとう十歩に差し掛かったときだ。
 私の意識が途切れたのは。


 目を覚ましたのは布団の上だった。
 見慣れた天井と柔らかな羽毛に心を和ませたのもつかの間、言い知れない恐怖を覚えて私の身はひどく震える。声にならない声をあげてすすり泣いている頃、様子を見に来た母親により、私がフワンテに“連れて行かれそう”になったことを知らされた。ふらふらとおぼつかない足取りのまま歩いているところを女中さんが見つけ、フワンテを追い払って助けてくれたらしい。そのまま私は気を失い、まる一日眠っていたそうだ。
 ――そろそろ話すときなのね。
 覚悟を決めたような母に、私は私と私の家の秘密を知らされる。
 シンオウ地方はカンナギタウンに古くから根づくヤグラ家。この家はどうやらゴーストポケモンに好かれやすい家系らしく、父も何度か“連れて行かれそう”になったことがあるのだという。母もその現場に出くわしては間一髪で父のことを助けていたのだ。それが2人の馴れ初めであり、お互いの絆を強く結ぶキッカケになったのだとも言ってくれた。危険ではあるが、それを恐れるだけでなく、きっと悪いことばかりではないと教えてくれようとしたのだろう。穏やかに話すけれども少しだけ声が震えているのは、きっと母も標的になったことがあったからだろうか――
 そしてこれは両親だけでなく、祖父母に叔父や伯母はもちろん、一族の人間であればみんなみーんなその被害にあっているのだと。私が産まれる直前に死んだと聞かされていた兄も、救われることなく“連れて行かれた”人であるそうだ。
 ――ごめんね、ユズル。
 前触れも脈絡もなく謝られ、反射的に理由を訊ねる。けれども母は涙を流して私を抱きしめるだけだった。肩口から鼻をすする音が聞こえる。
 ――大丈夫だよ、私、これからたくさん強くなるよ。ゴーストたちのこと、すんごく気をつけるから、お母さんは何にも心配しないで!
 私がそう言うと、母は声を上げて泣き出した。ごめんなさい、ごめんなさいと繰り返し謝罪を口にする。私は意味がわからないまま、母が落ちつくまで背中を撫でていた。

 母は兄に謝っていたのだ。私へのものじゃない。私みたいな、代わりの「ユズル」なんかじゃない。本当の、本物の「ユズルさん」に対して、守れなかったことを詫びていた。
 私への謝罪なんかなかったのだ、きっと。あったとしても結局それは、幼い娘に亡き息子の代替を求めた罪悪感から来るものでしかなかったのだろう。

20180125
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