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その手をとらせて

「アルディス様、少しぼくとお出かけしませんか」
 王都メルオシティに荘厳と建てられた城の一室。各員にあてがわれた私室の片隅にて、コリウスは呟くようにひと言告げた。
 出しぬけな彼の言葉にアルディスはその大きな目をこぼれ落ちそうなほど見開いて、淡い桜色のシーツからゆっくりと体を起こす。アルディスに背を向けていたコリウスも衣擦れの音にふと振り向き、柔らかく微笑んでアルディスの返事を促した。
 けれど、その意図をはかりかねるとでも思ったのか、アルディスは少しだけ気が抜けたように首をかしげて素直な疑問を口にする。
「ど、うしたんだ、コリウス殿。何か――」
 アルディスの問にコリウスは答えない。ただ曖昧に笑って返し、ふわり、室内に香るささやかなラベンダーの芳香をアルディスの鼻腔へ滑り込ませた。張り詰めた胸のうちが解けるようなその香りに、アルディスは自然と肩の力を抜いて再びベッドへと倒れ込む。気遣わしげなプクリンがアルディスのそばへ寄り添った。
 ――ここのところ、アルディスはひどく疲れが溜まっているように見える。メイクで隠せないクマが目の下にぼんやりと映っているし、血色もどこか青白く。この部屋に来るたび微睡んでは熟睡しているそのさまに、何も思わないわけがなかった。
 皇子たるもの疲弊を他人に悟らせまいとするのは道理であるし、民を思うアルディスだからこそ誰にも心配や要らぬ気苦労をかけたくないのだろう。わかっている。わかっているからこそもどかしい、ここでは少しの本音や素を、年相応の少女の姿を見せてくれているからこそ。
 疲れきった少女を放っておけるほど、非道な人間であるつもりはない。
「ぼくとお忍びデートでもしましょう。アルディス様の、『好きなこと』や『やりたいこと』をなさる日です。人目なんて何にも気にせず」
 ぽかん、と口を開けていたアルディスは、しかしコリウスの言わんとすることを理解したのだろう、太陽にも負けない眩しい笑みを浮かべてはうなずいた。
 そこにいたのは煌めきの民でも、若きカロリア皇子でもなく。明るく天真爛漫で少しだけお転婆な、ただひとりの少女だっただろう。

しそらんさん宅アルディス様、並びにカロリア地方をお借りしました。
20170319
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