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私にお任せくださいな

 カバタ地方はリムニオシティ、その片隅に位置するリムニオ教会のなか、ステンドグラスを仰ぎながら祈りを捧げる1人のシスターがいた。
 荘厳な建物は街の片隅といえども強くその存在を主張し、カバタのみならず様々な地方の伝説ポケモンをあしらったステンドグラスが陽の光を透かして教会内部を色彩豊かに煌めかせる。赤、青、黄色、緑。カラフルではあれど主張の激しさはなく、心地よく全身を包み込む優しい光に包まれることが出来るこの場所への参拝客は、実のところ春夏秋冬を通して後を絶たないのだ。
 365日、途切れることなく数多おとずれる参拝客におしなべて柔らかな笑顔を振りまく修道女。カバタの風習をもれなく体現する彼女はパートナーであるドータクンと同じ色の修道服に身を包み、少し特殊な形状をしたベールのサイド部分はちょうどドータクンの腕部に相当するだろう部位に似た造りをしている。
 ひと目見ればシスター、再び見ればドータクンを使うトレーナーであることがわかる。熱心に祈りを捧げ続けている彼女は、ようやっとその桜色の唇を開いた。
「ああ、春の神ドラコーン様。どうか、どうか今日もこのカバタ地方の『春』をお守りください――」
 ――ドラコーン。春を司るとされるそのポケモンは、この温暖なカバタ地方の「春」を保っているとされている。カバタにある遺跡のうちのひとつ、「アルファ遺跡」に眠っていると言われ、この教会のステンドグラスにも壮麗な青い竜の姿で確かに描かれていた。
 ほかにも「夏」「秋」「冬」の化身とされるポケモンがそれぞれ存在しているらしいが、カバタ地方に春以外の季節が訪れたという記述は地方史のどこを探しても見つからないため、本当に形を持っているのかどうかは謎のままとされている。
「今日もまた堅苦しいお祈りしてんの?」
 ひょこん。音もなく現れた男の顔を目の端に入れた途端、シスターの表情があからさまに引きつった。先ほどまでの穏やかな様はどこへやら、「キィエエエアアアァア」とシスターにあるまじき奇声をあげて後ずさる。ほかに参拝客がいなかったことが不幸中の幸いだった。
「アアアアア、ぐ、愚兄! 貴方いつの間に……ッ」
「愚兄だなんて淋しい呼び方そろそろやめない? 昔みたいに『イナミお兄ちゃん』って呼ぼうよ、ホナミ」
「だァァアァれがァアアァアアア!!」
 おぞましいもの、さながら汚物を見るような目をしつつ顔色も真っ青にするシスター――ホナミ。彼女の兄らしいイナミはそんな姿をくすくすと至極おかしそうに眺め、しかしひとしきり笑うとすぐにその目はまっすぐと、メガネのレンズ越しに妹の姿をとらえる。兄の真剣な視線を感じ取り、ホナミもまた姿勢を正して向き直った。
「実はちょっと困ったことがあってさ。リムニオの外れでボスゴドラが暴れてるらしいんだよね、だから君になんとかしてほしくて」
「あら……それならホオズキさんにお任せになっては? あの子も立派なタイプマスターでしょうに」
「まあね、そうも思ったんだけど今回はちょっと荷が重いかなって。それに君とあの子じゃ得意な分野も違うでしょ?」
 なるほど、それも一理ありますわね。ホナミが小さく頷く。
 確かに2人は同じはがねタイプを好むとはいえ、ホオズキはギアルやコイルといった無機物的なポケモンの扱いに長ける。その反面、ホナミはパートナーこそドータクンだがどちらかというと生物的なポケモンと接することを得意としていた。
 それに今回はボスゴドラという最終進化形態が暴れているというし、まだタイプマスターに就任したばかりのホオズキでは手に余るかもしれない。ホオズキ自身も危険であるし、何より他の人間やポケモンにまで被害が及ぶことは出来るだけ避けたいと思うのが筋だろう。
 貴方もたまにはまともなことを考えるのですね、そう吐き出すホナミに、イナミは苦笑いをこぼしながら肩をすくめる。
「もしお暇がありましたらホオズキさんをお呼びになって。あの子の気が向いたらですけれど、やはり『現場』を見ておくことは経験を積む上でとても大事ですから」
 イナミの隣を通りすがりながらそう言い放つホナミの顔は、もう先ほどまでの心優しき修道女ではなかった。
 その姿は、先代はがねタイプマスターにして弱冠19歳でカバタ全土の平和を守る自警団の幹部に登りつめた凄腕トレーナー、通称「鋼の信仰心」にほかならなかったのである。

20170105
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