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あの日はきっと40本

 両親と姉がいなくなってそろそろ何年になるだろうか。もうすぐ日付が変わらんとする深夜11時42分、ベッドに体を横たえながらふと思い出されるのは会えなくなって久しい家族のことだった。
 野生ポケモンが巻き起こした事故で命を落とした両親を見送りながら、2人の代わりとなって私たち3人を育てようとしてくれた姉。姉は決して私たちに不安そうな顔を見せることはなかったけれど、その胸中がおだやかなわけがなかっただろうと今になってたまに思う。前に立ち、大人と相対しながら私たちを守ってくれた姉もまた、程なくして誰のせいでもない「ただの事故」でこの世を去る結果となった。
 畳みかけるように落とされた奈落の底。もしかしたら私も同じように「事故」で死ぬことになるかもしれないという恐怖と、今度は私が弟たちを育てていかなきゃならないという使命感に押しつぶされそうになった、あの感覚はきっと今でも消え失せていない。フラッシュバックのように脳裏を埋め尽くすあの焦燥感は時として私の体を使い物にならなくするし、長い夜を眠れないまま過ごすハメになる理由も8割がたこれだった。
 そんな、ある種のトラウマにあえぐ私に救いの手を差し伸べてくれたのは、隣の家に住む幼なじみのルカだった。
 以前からもルカはひどく泣き虫だった私の手をいつも引っ張ってくれて、いじめっ子からも守ってくれて、私や私の弟たちにバトルの手ほどきもしてくれて。ルカのヤヤコマと私のクチート、弟たちのコイキングとラルトス、みんなで一緒に切磋琢磨しながらカロス地方をまわったっけ。結局私はポケモンリーグに挑めなかったけど、前へまえへと進んでいく男の子たちは本当に眩しかったなあ。
 もちろんルカだけじゃない、ウイエ家のみんなが私たちによくしてくれて。私も弟たちも、おじさんおばさんの助けがなければここまで来ることは出来なかっただろう。おなかを空かせて泣く弟たちを連れてハクダンのもりまできのみを探しに行ったときは確かひどく怒られた。親のように、むしろ親以上に親身になって私たちを世話してくれたあの人たちは文字通り私たち姉弟にとっての救世主だ。
 いまごろ2人はどうしているのだろうか? 故郷のメイスイを離れて早5年の時が経つけれど、時おり彼らを思い出しては懐かしく思うことがある。手紙を書いたり電話をしたり、いつだって元気な様子を見せてはくれるけれど、たまには里帰りするのもいいかもしれない。そんなことを考えては言い出せないままの日々を過ごしている――なんて、ルカに話したら「なら今から帰るか?」とでも言い出しかねないことは想像に容易いのだけれど。
 取り留めもないことを考えながらうつらうつらしていると、ふと聞こえたひかえめなノックに意識が覚醒させられる。はあい、だなんて気の抜けた返事をすればゆっくりとドアノブが傾いて、現れたのはカフェの看板娘である色違いのフラージェスだった。
「あらら、どしたの? 何か忘れもの?」
「――らぁーら!」
 私が起き上がった途端ぽふんと抱きついてきたフラージェスが、頬に優しく頬ずりをしてくる。心地よい花の香りに再び眠気を覚えつつ、あくびの最中に聞こえた物音を追ってドアのほうへ目を向けると、両手いっぱいきのみを抱えたゴンベ、バラを一輪くわえたファイアロー、踊るように歩くニンフィアなど、私とルカのポケモンたちがぞろぞろと入ってきていた。最後尾でやってきたのはもちろんルカで、右手には真っ赤なバラの花束を携えている。
 それでようやっと思い出したのだ、日付変更線を越えたばかりの今日がいったい何の日だったのかということを。否、正確にはつい30分前までは覚えていて、むしろめちゃくちゃそわついていたくせに、過去に浸っているうちにすっかり頭から抜けていた、という流れなのだけれど。
「誕生日おめでとう、コズエ」
「ありがと――って、うわぁなにそれ」
「なにっておまえ……プレゼントに決まってんだろ」
 ――他にもあるけど今はこれな。
 言葉こそぶっきらぼうだけれど声色はとても優しく、そして繊細な手つきでルカから大輪の花束が渡される。とても数え切れないそれとルカの顔を交互に見る、挙動不審な私の様子にくつくつと笑いながらルカは私の隣に腰掛けた。――私が言うのもなんだけれど、バラもルカも本当に惚れ惚れするほど美しい。
「100本あるよ。数えてみ」
「結構です……あ、ファイアローのも入れて?」
「や、俺のだけ。こいつの入れたら101本」
 腕にとまるファイアローの額を撫でながら、ルカは彼のくわえていたバラを受け取って花束へと差し込む。にやり、そうやって笑うときは何らかの企みがあるときだ。嫌な予感がするけれど、それでも嬉しいか嬉しくないかと言われたら――
「変なの、ふふ、ありがとね。みんなもほんと、すっごく嬉しい」
 そう言った途端、わっと飛びついてくるポケモンたち。さすがにゴンベやギルガルドにやってこられるとキツいものがあるのだけれど、それも気にならないくらい嬉しくて、幸せだった。今日という日を迎えられたことが、誰も失わないまま過ごせていることが、私には。
「――来年も」
 ぎし、とベッドのスプリング音が鳴る。ポケモンとおしくらまんじゅうになっている私の頭元に手をついて顔を覗き込んでくるルカは、いつもの仏頂面はどこへやらうんと優しい顔で笑っていた。
「来年も、ちゃんと祝ってやるから」
 大丈夫だ、そう言って頭を撫でられる。嬉しいような懐かしいような淋しいような、複雑な思いが押し寄せてとうとう涙があふれてしまった。
 うん、というたったひと言の返事すら出来ないまま、声をあげて泣きじゃくる。4月11日、深夜0時25分のことだった。

コズエ誕生日おめでとう!
20170411
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