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むしポケモン屋敷とは

(あ、むしが湧いてる)
 もはやそう呼ぶことすら躊躇われるキッチンの片隅、腐海の奥の奥に新たなお客さんが来ていた。うごうごと短い手足を懸命に動かして挨拶でもしているのだろうか、ウテナはお客さん――ケムッソの群れに一礼を返す。
 そういえば、と薬品やちょっとした備品の保管に使われている、もはや本来の用途を果たしていない冷蔵庫からポケモンフーズを取り出した。いつかに彼の幼なじみが置いていったものだろうそれは、まだかろうじて賞味期限切れを起こしていない。よかった、低い声でひと言つぶやき皿に乗せて差し出せば、ケムッソたちがおそるおそるそれを口に含む。程なくしてガツガツと勢いよく平らげだしたその様を見て、ウテナはちょいちょいとそのなかの1匹、メスのケムッソにコンタクトを試みる。
「どうですか。うちの子になってはみませんか」
「…………」
「それでなくとも、また美味しいご飯を食べには来ないかい? もう少し良いものを買っておくよ」
「……む」
「ありゃ」
 これは残念、振られてしまったか。
 ぷい、と顔を背け食事に集中するケムッソに肩を竦め、ウテナはゆっくりと踵を返して研究室に戻っていく。ポリポリと頬をかく仕草には真意も何も見て取れない。
 キッチンだった場所から研究室まで、いくら広い家とはいえそう距離があるわけではないのだけれど、道中で顔をあわせたむしポケモンの数は両の手でも足りない量だ。なかにはこのホウエン地方になかなか定着しない種族のものがいたり、遥か彼方――アローラ地方に生息するデンヂムシなどもいたりと、まるで浮世から切り離された空間のようにも感じられる。
 高い吹き抜けの天井を仰げば仲睦まじく空を飛ぶバルビートとイルミーぜ。右を向いたら牙を剥くヘラクロス、左を見れば踊るバタフリー、目線を落とすとちょこまかと這いまわるバチュル。自分がいま何という地方のどこの街にいるのか見失うような、むしポケモン愛好家にとっては天国、逆の者には地獄に等しい世界が広がっていた。
 ――ここは、そう、ホウエン地方カナズミシティ北部。115番道路の外れにひっそりと建てられた、人呼んで「むしポケモン屋敷」。
 そして、先ほどケムッソたちに振られていた彼こそが、このむしポケモン屋敷――もとい、ハムロ研究所の主であるウテナ青年なのであった。

20161216
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