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許せないから

軽度の残酷描写注意

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 失うのなんて一瞬だ。
 あれは楽しい家族旅行のはずだった。あたしはそう信じていた。お父さんとお母さんと弟とあたし、そして大事なパートナーのロコン。もちろんみんなのポケモンも連れて、ジョウト地方までのんびり船の旅をする予定だったのに。
 出立から程なくして訪れた不幸の数々。突然の嵐と大時化、襲い来るドククラゲの群れ。バトルに秀でるわけでもない船乗りのポケモンではまったく歯が立たず、腕に覚えのあるトレーナーも乗っていなかったようで船は瞬く間にドククラゲに屈し、鉄くずと化して、沈んだ。
 その衝撃的な事件の生き残りは当時9歳だった少女が1人きり。少女をかばってミナモシティまで海を渡った船乗りと彼のニョロボンは、その少女が入院していたのと同じ病院のベッドの上、恋人に看取られながらあえなく息を引き取ったという。
 人の命なんてあっけない。死ぬのなんて一瞬だ。少し海が荒れてしまえばすぐに我々は飲まれてしまい、あの大海原はほんの気まぐれで数多の命を食らってしまう。
 だからあたしは海が嫌いだ。だからあたしは海が憎い。あたしから暖かいものをすべて奪ったあの青が、あたしはひどく恐ろしくて妬ましくて憎らしくて恨めしい。
 母なる海? 命のみなもと? じゃあどうしてあれはあたしの家族を奪ったの、どうしてあたしのロコンを殺したの。初めてのポケモンだったのに、まだタマゴから産まれたばかりでしっぽも3本しかなくて、目に映るものすべてに感激して歓喜して、あたしはいつかこの子と一緒に旅に出るんだと、そんな朧気ではあれど大きな夢を見せてくれた無二の友だちを相棒を、どうしてあいつはあんな簡単に死なせてしまったの。
 お父さんもお母さんも弟も死体すら見つからなかった。ロコンだって同じ。きっと今もあの海の底で溺れ続けているのだろう。もしかするとあたしを恨んでるかもしれない。あたし1人が生き残ったことを、あの船に乗っていたいのち全員が呪っているかもしれない。
 だから――だからあたしには、幸せになる資格なんかこれっぽっちもないんだ。




「よろしいですか? あたしは無理くり言うことを聞かせようなんて、露ほども考えておりません」
 目の前で恐怖に怯えるトレーナー。旅立ちからそう経ってはいないのだろうか、練度の低そうなロゼリアはトレーナーにしがみついて涙を流している。随分と気弱なポケモンのようだ。
「ただ、きみが素直になってくれさえすればすぐにでも解放させていただくのですが――」
 トレーナーとポケモンの足元へ、ドンメルの“ひのこ”が放たれる。あつい! そう泣き叫ぶ少女。それはそうだろう、誰だって足が焼ければ熱いし痛いしやけどを負う。ロゼリアにしてみれば相性の問題もあるのだから苦痛は尚更だろうな。
「……泣いているだけではわからないのですけども」
「、っ! ……」
「あら、怖くて声も出ませんか? まあ――なんてイライラすること!」
 あたしが手を上げれば再び“ひのこ”が2人を襲う。焼けただれた靴下とストラップシューズの下、おぞましい火傷跡が見えて思わず顔をしかめた。汚いものを見せないでほしい、その苛立ちを込めて“たいあたり”を命じればトレーナーごとロゼリアが吹っ飛んでゆく。弱い、とても、汚らしい。
 あれではおおよそ使いものにならないだろう。無駄足だった、そう思い踵をかえす。あたしはただ件のトレーナー――最近マグマ団を脅かしているらしい子供の証言を集めていただけなのに。シダケ周辺で見たとの情報を入手したから、せめて奴の手持ちなり人隣りなりが伺い知れればリーダーへの手土産に出来るかと手頃な少女を脅してみたけれど、どうやら時間を無駄にしただけだったみたいだ。
「――うまくいかないもんね」
 異変を察知して野次馬に来た一般人に睨みを利かすと、図体ばかりデカい男はそそくさとその場を去っていった。ドンメルをボールに戻しながら少し歩みを速め、とりあえずキンセツへ向かおうとしたところ、ふと端末へ連絡が入る。どうやら業務連絡のようだ。早くミナモのアジトへ帰らなければならないのだけど、さすがにここからミナモへ行くのは少し骨が折れる。ミーティングには参加できそうにない旨を伝えて、あたしはふと高い高い空を仰いだ。
「空も……変なの、あたしのこと怒ってるみたい」
 みんなあたしのことを見てるのかな。ごめんね、真っ当に生きられなくて。ごめんね、助けてもらった命をこんなことに使っていてごめんなさい。あたしは幸せにはなれない、友だちも作れない、色んな人があたしの足元に巣食っているんだ、影となってあたしを責めて、責めて責めて責めて責めて片時だって忘れさせてはくれない。
 ごめんなさい。ごめんなさい。さようなら、ごめんなさい、許さなくていいよ、ごめんなさい。
 ――あたしはもう絶対、そして二度と、あたし自身が幸せに笑うことを一瞬だって許せない。

20170206
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