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耳をすまして、足音に

 ――アタシのパパはデザイナーだ。
 カントー地方タマムシシティ。お花の香りが漂う虹色の街で、ちょうどタマムシマンションの並びにアタシのパパの事務所がある。パパが一代で立ち上げたデザイン会社のメインブランドである「アンジュ・トロワ」は白を貴重とした上品なデザインを得意とし、「一歩踏み出してあなたに寄り添う」をコンセプトに掲げ、10代から20代の若い女性から人気を集めていた。オールドライラックやアップルグリーン、ブルーラベンダー、淡いカラーリングをメインとしつつ、たまに発表されるダークなデザインもまたそれぞれ人気は高い。パパの指先、ペン先、視線のひとつひとつから編み出される数多の作品に、物心つく前からアタシは既に虜となっていた。
 パパは自他ともに厳しい人だった。仕事中は少しの妥協も許さず、もちろんそれは自分だけでなく共に働く仲間へも。けれど決して冷たく無慈悲な人でもなかったから、きっとみんなにパパは慕われていたのだろうし、その証拠に事務所は緊張感こそあれど険悪な雰囲気になることはほとんどなかったと思う。叱りはしても責めることはない、行き詰まっても当たり散らさない。パパは一本、きちんと筋が通っていた。
 もちろん仕事仲間だけでなく、アタシもママもポケモンたちも、パパのことが本当に本当に大好きで。仕事が終わって一番にアタシを抱き上げてくれるパパはいつも優しい顔をして笑っていたし、ママもパパに飛びついていっつもハートを飛ばしていた。パパのジュゴンも、ママのニドキングもいつだって優しくて、アタシはアタシの家族のことをとても誇らしく思ってた。
 ――だから。きっとこれは必然なのだと思う、パパの娘に生まれたアタシが、パパの仕事をそばで見てきたアタシが、パパの作品に焦がれるアタシが。パパと同じ服飾デザインの世界に足を踏み入れること、それはきっと、神様ですら歪めることの出来ない必然、運命、自然の摂理。
 そして誓うのだ、アタシは。いつか、いつか必ずパパのような――パパと肩を並べられるような、世界に名を馳せるデザイナーとなることを――!




「……けど、『パパと同じ』じゃダメなんだよねえ」
 タマムシシティ郊外、16番道路。アタシはサイクリングロード手前の穴場に寝転び、広大な青空の下でぼんやり独りごちている。そよ風で草葉の擦れる音が心地よいこの場所は風向きの関係もあって排気ガスや騒音もあまり感じられないとっておきの隠れ家だ。知っているのはアタシとパパとママとみんなポケモンたち、事務所の人、それから野生の――あれ、結構多いかもしれない。
 とにかくアタシは何らかの要因で行き詰まるといつもここへ遊びに来るのだ。見た目で敬遠されがちではあるがここにいるベトベターやマグマッグは非常に大人しく、アタシの姿が見えると一目散に飛びついてきてとてもかわいい。たまに汚れたりやけどを負ったりするものの、そこからデザインのネタが浮かぶこともあるので無下にもできないのが現状だ。
 とりあえず、一旦は野生ポケモンとのふれあいを終わらせて。ピジョットのうもうとウツボットのつる、2人をボールから出したまま、アタシは草むらの上へ身を投げ出す。うるさい音は聞こえない。耳を通るのはとりポケモンのさえずりと、どこか遠くに感じる喧騒、それからアタシの吐息くらい。綺麗な空気を吸って、吐いて、アタシは一度目を閉じる。真っ暗な世界のなかで見えるのは広くて遠いパパの背中だ。パパ、と小さく口にしてみる、けれど返事はひとつもなく。再びアタシは目を開いて、急に差し込んだ光に思わず目を細めた。
「ピィ、ピッ」
「うん? う〜ん……そうだねえ」
 うもうがアタシの頬をつつく。元気を出して、大丈夫だよ、そう励ましてくれているのだろう。この子はアタシが生まれたお祝いに叔父さんがくれたポケモンで、付き合いがとても長い言わば兄妹のような間柄である。ゆえにアタシの考えていることもこの子にはおみとおしなのだろう、ふかふかの羽根でアタシの体をくすぐって緊張を解そうとしてくれた。なんとなく、体の力が抜けた気がする。
「うん、うん。つるもありがとう」
 しゅるりとツルを伸ばしてアタシが起き上がる手伝いをしてくれたのは、アタシにとって最大の癒しであるつる。パパとママにねだって捕まえてもらったポケモンであり、マダツボミ時代はもちろん今もことあるごとにアタシの心を癒してくれる。たぷたぷだけど柔らかい体に抱きつくとよく眠れるので、実のところアタシは不眠に悩まされたことがない。色々と立て込んで睡眠時間がとれないことこそあるけども。
 うもうとつる、2人の手伝いを受けながら、アタシはゆっくりと立ち上がる。スカートについた汚れと葉っぱを払い、うんと大きく背伸びをした。空は高い。まるでアタシとパパの実力差を表しているかのように、けれど嘲笑われてはいない、それだけはなんとなくわかる。
「……ファザコン」
「ぴ?」
「事務所の人に言われたことあるの、ハザミちゃん結構なファザコンだよね〜って! 否定はしないけどなんか、まあ、そういうことなんだろうなあって」
 あんなに素敵なパパなら大好きにならないわけないけどなあ。それもまたファザコンゆえの意見なのだろうか、うん、きっとそう。でも嫌な気はしないかな、だって本当に好きだもの。好きで、憧れで、目標。それがアタシにとってのパパだ。
「――うっし! 今日も頑張りますか、」
 パパと同じじゃダメだけど。パパになりたいじゃ夢は叶わないけど。それでもアタシはまだもう少し、パパの背中を追いかけていたい。追いかけて追いかけて追いかけて、がむしゃらに走って、そしてその先に何かしらの光明がある、そんな予感がするから。
 そう、きっと、アタシの運命が少しだけ動き出すような、劇的な出会いがすぐそこに――

20170401
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