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under the sky

 スケッチにおいてモデルはとても重要であると思う。それが魅力的であればあるほど筆の運びは止まらないし、うつくしいものを描き留めておきたくなるのはアタシたちの性である。
 ゆえに、アタシの右腕は止まらない。スケッチブックの白の上へすべる鉛筆の先は少しずつ「彼」の姿を描き写し、今、この瞬間を形として残している。
 そう、アタシは今、最高のモデルと出会ったのだ。
「エルレイド、もーちょっと、右手上げて……!」
「……レイ」
「あ! そうそうそこ、そんな感じ! ちょっとそのままキープね!」
 今アタシの目の前にいる、キレッキレのポーズのまま不動を保つエルレイドはもちろん野生のポケモンじゃない。アタシはバトルのことなんてチンプンカンプンなのだけれど恐らくとても丁寧に鍛えられているのだろう、表情は凛々しく、立ち居振る舞いにも品がある。他人以上友達未満であるアタシの話を聞いてくれるあたりにも落ち着いた性格が見て取れた。どこか憂いを帯びた眼差しは彼のトレーナーを思わせるに充分であり、ゆえにひどく創作意欲を掻き立てる存在でもある。だからアタシはこうして、事務所の裏にある広場でスケッチをさせてもらっているのだけれど――
「何してるの?」
 噂をすれば……いや、噂ではなくただアタシが考えていただけなのだけども。とにかくいま、ふと背後からかけられたひと声は先ほど思いを馳せたエルレイドのトレーナー――シエルさんのものだった。ベンチに座り込んだアタシの隣にシエルさんも腰かけ、そしてずずいとスケッチブックを覗いて来る。シエルさんも描きますか、そう訊ねるとゆるく首を振られた。
「遅いから様子を見に来ただけだよ。俺はいい」
「えー……」
 アタシがぶーたれたような声を出すと、シエルさんは喉の奥で笑う。ひとしきり笑ったあと、ぐ、と大きく背を反らして空を仰いだだろうのが気配でわかった。この人と同じ名前の空だ。
「シエルさんのエルレイド、すごくかっこいいですよね。背が高くてすらっとしてて、シエルさんによく似てる」
「はは、そうかな? 俺よりエルレイドのほうが何倍も男前だよ」
 そう、俺なんかより、ずっとね。
 その響きがどこか悲しげだったのは気のせいだろうか。エルレイドはあまり顔を出さないようにしているようだけれど、それでもじっとシエルさんのことを見つめているようだ。
 ……今のアタシにはこれ以上踏み込むことは許されないだろう、人の心を土足で踏みにじるようなことはしたくない。
 ――でも。
「ポケモンはトレーナーに似るって、パパも言ってましたけどね〜」
 そのまま何も言わないなんてのはなんとなく悔しくて。すべる鉛筆の先から目を逸らさないまま、シエルさんもアタシを見ていないだろうことを承知で、アタシはただ、どちらにあてたのかわからない独り言をつぶやくのだった。

比呂飴子さん宅シエルさんをお借りしました。
20170331
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