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扉の前で

「――ヌメラ、わたし、がんばるよ……」
「ぬめろぉ……」
 私の気持ちを敏感に感じ取ったのだろうか、溶けるように体を揺らしながら足元のヌメラが擦り寄ってくる。
 ここはカロス地方の首都、ミアレシティ。円を描くような形をしたこの街は、首都というだけあっていつでも人が行き交っていた。まあるい外周は北と南に分かれており、外殻部分から中央部へは四季の名を持つ4本の大通りが走っている。私は今そのひとつである冬の通り――イベールアベニューに立っていた。
 目の前にあるのは表通りに面した見通しのいい場所に立つ、とある本屋。「書堂ル パラディス」というその店は「書堂」と冠するに違わぬ立派な造りをしており、もはや図書館と見紛うほどの抜群の品揃えを誇っていた。天井に届く本棚にはぎっしりと本が詰まっているけれど、決して圧迫感を与えるものではない。あまり背の高くない私でも威圧感を覚えることなくゆったりと過ごすことが出来、至るところに脚立が置かれていることやお手伝いのポケモンがいること、そしてなにより店長本人がひどく話しかけやすい雰囲気をまとっているため、買うにも読むにも確かめるにも、それほど不自由はしないのだ。
 ――どうして私がこんなにも詳しいのか。それは至極簡単な理由である、なぜなら私もこの店で働く店員のひとりであるからだ。昔から気が弱くて要領の悪かった私にも店長は辛抱強く仕事を教えてくれて、いつも笑顔を絶やさず穏やかに接してくれる。あの日おぼえたかみなりのような恋心とは裏腹に、こうして日々を過ごすうちに私の心はどんどん店長への想いをふくれあがらせ、きっとこの気持ちはコノハくんにもバレているのだろう。いつだったか呆れたように顔を覆う彼のすがたを見たことがある。
 とにかく私は店長のことが大好きでたまらなくて、たとえどれほど重労働だろうとこの仕事を辞めたいと思ったことは一度もない。出勤時間が待ち遠しくて急ぎ足に家を出るし、仮に体調を崩していたり気分が落ち込んでいたりしても店長の顔を見たらそんなの全部吹き飛んでしまう。それくらい店長の笑顔には「力」があると思うの、さながらゼルネアスのような、生のちからを宿した笑顔。
 ――で。なら私は今どうしてお店の前で突っ立っているのかというと、それはほかでもない、今日が店長のお誕生日だからなのである。春の陽気が心地いい4月の半ばの日、あたたかくて優しい店長には春がとても良く似合うと思う。素敵ですね、そう伝えたらありがとうと柔らかく笑ってくれた、あの日のことだって私はまるで昨日の出来事のように思い出せる。
 右肩に引っかけたショルダーバックのなか、丁重に忍ばせているのは1冊の本。かつて店長が読みたいと言っていた遠い地方の伝記のようなものだ。カロスではなかなか見当たらない書籍であったのだけれど、私の親戚がそちらの人間であるため比較的容易に手にすることが出来た。そして左手に母方の祖母が営んでいるお菓子屋さんのブリオッシュとマドレーヌをたずさえ、つまり準備は万端だ。いま一度深く長く深呼吸をし、意を決した私はやっと一歩、前に出る。
 ああ、この扉を前にしてこんなに緊張するのは初日以来かもしれない。励ますように鳴いたヌメラと見つめ合いながら、私はゆっくりと書堂の扉を開いた。

名前だけではありますが、ひねもすよみさん宅バジルさんコノハくんをお借りしました。4月16日、バジルさんのお誕生日祝いです。
20170416
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