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02

 ハウオリシティ・ポートエリアから迂回して東へ。ショッピングエリアをゆったりと歩き、行き交う人々の陽気さやアローラの空気を味わいながらビーチサイドへ差し掛かった頃、ミトはふと足を止めた。今まさにかじらんとしていたモモンのみを持つ右手を下ろし、ぼうっと海を眺めている。
「何か気になるのか?」
「……あれ」
 ミトが指さした先にいたのはナマコブシである。表情にこそ出ていないが少しばかりしおしおになっているようで、遠目からでもなんとなく元気がないのがわかる。おっとこりゃあいけない、そんなことを呟きながら、ミトに先ほどの紙袋を押しつけて海岸へ足を踏み入れるカイト。人混みをかき分けて進む彼をミトとフワライドはもたもたと追い、そして行動を見守った。
「こいつはな。――こうしてやるのさ!」
 突如としてナマコブシを鷲掴みにしたカイトは、すぐさまそれを全力投球で海へ投げ入れたのである。これにはさすがのミトも驚愕の色を隠せなかったようで、小さく声をあげて肩を跳ねさせた。
 ミトが何かを言う前に、ちょうど海から上がってきたらしい海パン野郎がカイトへ声をかけた。もしや怒られるのではないか? 彼の頭にぶつかった? 内心こわごわとするミトを尻目に2人は硬い握手をかわし、なぜだか意気投合しているように見えた。
「兄ちゃん、なかなかいい腕してるね! ナマコブシも嬉しそうだったぜ」
「お、そりゃ嬉しいね! 昔取った杵柄ってやつだな、ガキの頃は小遣い稼ぎによくナマコブシ投げのバイトしてたんだわ」
「――道理で! ハハ、突然目の前にナマコブシが落ちてきたのはさすがにびっくりしたけどな、まさかあんなとこまで飛んでくるとは思ってなくてよ」
 まるで旧友のように話し込む2人を前に、ミトは首を突っ込むことなくじっとそのさまを見守っている。疎外感だのなんだので入れないのではなく、ただなんとなく、見ていたかったからだ。カバタにいるときとは違う、別の意味でイキイキとしたような、童心に帰ったようなカイトの姿が新鮮だった。
 気ままにゆらゆらと空を駆ける彼だってもちろん愛しているけれど、こうして人と触れあっているカイトこそカイトである、ミトはそう思っている。アローラ生まれは伊達じゃない、彼は正しく太陽の人。月のもとにあるミトとは正反対の彼だからこそ、ミトはひどく惹かれているのだった。
「にしてもメレメレでナマコブシなんて珍しいな、俺の知ってるアローラと違うわ〜」
「あー、多分観光客の仕業かな。ナマコブシは観光客にゃあ敬遠されがちだけど、たまーに物好きもいるんだよね」
 ――けどまあ、帰る頃には飽きちゃってさ。適当に捨て置くやつとかやっぱり一定数いるみたいなんだ。
 渋い表情で言う海パン野郎に、カイトも同じように唸る。やはりどこともそういう問題は避けられないらしい。
 カバタもカバタでアローラのようにポケモンの多い土地だ。野生ポケモンの増減や繁殖地が頻繁に話題となるし、自警団の幹部として活動するカイトからすれば他人事とは思えない問題である。どうにかならないものか、このアローラに生まれ育った人間として、カイトにはどうしてもスルーのきかない話だった。
「――おっと! 嫁さん放ったらかしでわりぃな、アローラを楽しんでくれよ!」
 ぼうっと黙っているミトのことを気遣ってくれたのだろう、海パン野郎は軽く会釈をして再び海へと帰っていった。彼の気遣いを無駄にしてはならないと1歩、2歩と近寄るが、カイトは未だ唸り続けている。
 ……無視をされるのはそれほど好きでない。ぐい、とカイトの耳を引っ張る。
「職業病」
「……うぃっす」
 ごめんなさい、と頭を下げるカイトを見上げ、ミトはぷっと吹き出した。冗談だよ、怒ってない、そう言えば安堵したように息を吐き、再びハウオリの海を眺める。遠く続くメレメレ海は透き通った青色で、空と交わる水平線になんとなく胸を締めつけられるような心地だ。
 還りたい。そう思わせる、不思議な魅力があった。
「アローラの海も、カバタの海も。みんな違ってみんないい、だなー」
 うんうん、と頷きながら、再度カイトはミトの手をとる。待たせてごめんな、そろそろ行くか。そう告げて海を背にするのだった。

20170401
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