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そうして私は死んだのだ

 コウヨウ地方ロイロシティは、地方北部で一番栄えている街だった。
 南北に分かれたふたつの土地からなるこの地方は、北の土地をホクヨウ、南にある島をナンヨウと呼ぶ。ホクヨウは地続きで他の地方と隣接しているが、ナンヨウは四方を海に囲まれた正真正銘の島であった。ホクヨウには歴史がうずまき、ナンヨウには改革が芽生える。ホクヨウでは普遍を望み、ナンヨウでは変化を求める。北と南は共存しながらも正反対の様相をしている。ここは絶妙なバランスのうえに成り立っている地方だった。
 そして、そのホクヨウの最大都市と言われているのがこのロイロシティである。地方でも有数の工業都市として様々な産業がこの街に根づいており、和風で古風なコウヨウにおいて、いわゆる都会的な街なのだ。
 しかしその反面、長く続く闇のようなものを抱えている街でもあった。この街には荒くれが多い。チンピラとでも呼ぶべきか、彼らは各々に首領を立てていくつかの「組」を作り上げた。「組」はやがてそれぞれに大きな勢力をなし、特色をも帯び始める。中には乱暴で粗雑で暴力的であれども街に貢献することを至上とした「組」もあった。彼らは見てくれこそ厳しいが、人にもポケモンにも友好的だったのだ。
 今ここにいるのは、その友好的で理解的な「組」のひとつ、アオイ組の組長である。アオイ組は穏健派において、最大ではないながらも中堅以上の勢力を持ち、由緒は3ケタにも及ぶ太く長い家だった。現組長は8代目である。
 件の8代目組長は、おのれの屋敷である平屋のコウヨウ家屋の縁側に佇み、中庭で遊ぶウパーやハネッコを見つめていた。この地方から出たことがないがゆえに未熟でまだ丸みを残す相貌は、けれどもくぐり抜けた修羅場を象徴するようないかつい顔つきをしている。地毛なのか染めたのか灰色がかった髪をかきあげながら、紺色の袂から取り出した地方民専用のキセルをくゆらせ、ゆっくりと煙を吐く。
 彼には妻がいる。子供だって3人いた、全員が玉のように可愛らしい女の子だ。朗らかで和気あいあいとした娘たちは姉妹仲も良く、彼女らの笑顔は日々の軋轢ですり減った心をしっとりと癒やしてくれる。彼は娘を愛していた。愛していたから、問題なのだ。
「……そろそろ決めにゃあいけんのう」
 ぽつりと独りごちる、その眉間には深いシワが刻まれていた。悲哀を映した緋色の瞳。彼は、娘を愛していた。
 跡継ぎが必要だったのだ。否、このアオイ組の9代目組長として胸を張って人前に立てる人間が、加齢を重ねる8代目には何よりも必要だった。養子を取ればいいか? それも出来ない。アオイ組は世襲であるのだ。長く連綿と続くこの血を、当代で途絶えさせるなんてことはとてもじゃないが出来やしない。彼にも誇りや矜持はある。このアオイ組の人間として、一家を背負うものとしての責任感は持ち合わせている。
 何より。たとえそれが間に合わせであったとしても、娘をひどく傷つける結果になったとしても、8代目は確かに娘に見ているものがあったのだ。このアオイ組を引き継いで維持してくれるだけの力を、上へ上へと向かう才覚を、まだ6つになったばかりの長女に見出してしまっている。朗らかで無邪気な笑顔の隙間に滲み出るそのカリスマ性というものは、気難しくてちっとも言うことなんか聞かなかった銀のダンバルを手懐けていた、そのことからも窺えた。
 気づいてしまっては仕方ない。の先男児が産まれたとしても、これ以上のものをその子が宿しているとは到底思えなかった。長女には才能があった。あの子には、人の上に立つ素質があった。
 このアオイ組を長女に任せたいという彼の決意は揺るがなかった。けれども性が邪魔をする。いくら世襲であるとはいえど、女性組長などということがあっては周りの反感を買うかもしれないし、今までの舎弟も手を離して、何より長女自身に不要な危険が襲いかかるかもしれない。
 ならばどうすればいいか? 簡単なことだ。あの子に女を捨てさせればいい。妻と三日三晩かけて考えた、あの子にぴったりの名前を変えてしまえばいいのだ。それだけの非情さをこの8代目は持っている。
「すまん、――」
 この日。
 ロイロシティのアオイ組に、念願の跡取り息子が生まれた。

20171020
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